子育てアパブロ トップ

2007年6月28日 (木)

see you をカタカナで書くと

 

いやあ・・・

 

ほんとに残念ですが

 

「マルいハートでアタマもマルく」は

6月末をもって一旦終了

 

(えっ)

 

ということでこの「子育てアパブロ」も

一旦終了ということになりました。

 

(えっ)

 

今まで6ヶ月間ありがとうございました。

 

(えっ)

 

↑これらの、えっというのは涙の音ですね。

 

 

ブログをつづる中で

さまざまなブログを見たり

メッセージを頂いたりするなかで

いろんな方の考えに触れ

今まで気がつかなかったことに気がつき

目が開かれる思いがしました。

 

こどもの育ちには実にいろいろな関わりをされて

いる方がいらっしゃるものですね。

 

あのブログのあの方はいまどうしているかな?

あのメッセージを下さった方はどうしているだろう?

なとど想いを馳せたりなどするのが楽しかったことです。

 

本当に長らく有難うございました。

 
 

最後に

あんまり関係ありませんが

先日夜の電車の中で見かけた小学生のスケッチを添付します。

Img_447539_2727991_0_2

もっと関係ありませんが

ニフティのアバウトミーというサービスを作った

担当akiraくんの似顔絵を添付します。

Img_447539_1746069_0_2

アバウトミーでも「ずっとこ」という名前で

登録しているのでもしおヒマでしたら一度検索して

みてください。

 

ではまたどこかでお会いしましょう。

シーユー。

 
see you ってカタカナで書くとしょうゆみたいですね。

2007年6月25日 (月)

教えない教育

不安なときは、どうしても教えることが先行してしまい、聞くという行為があることすら忘れてしまう。人間関係の中で一番自信のある行為は聞くということ、自信のある人はよく人に問いかける人ではないでしょうか。ですから、聞くためには、伝えたいものがしっかりとあること、必死に伝えたいことがあることがかなり大事な要素であると思います。そして、言葉というものは心にのっかって出てきますから安心のないところで、心からの声を聞くことはできないのです。(学びのアトリエ日記:インタビューで教育改革 より)

 

上記記事の中に「教えない教育ネットワーク」というのが出てくるけれど、これは「知識を教えない教育」と言い換えることができるのではないかと思う。

自分の考えを押し付けるために話をするのではなく相手の状況をよく理解したうえで、対象のケースにもっとも有効な解決策を対話をしながら創り出してゆくこと。

最近、企業内研修でも「傾聴」などといって対面での応答において「聞くこと」の重要性が強調されることが多い。書店のビジネスコーナーでは「コーチング」といったところがそれに該当しそうだ。

古くはアルキメデスかプラトンか誰かも対話を重要視していたような。対話によってお互いの知恵や知識を交換しながら、新しい知恵や知識をつくって行くのが対話主義。「自分の考えが必ずしも正しいとは限らない」という立場というか認識が前提となっていたはず。

最近ではいわゆるWeb2.0というキーワードの中でも企業と消費者との対話などといった構図で「対話」がクローズアップされている。ネットでももっと対話主義らしいコミュニティを創りだしたいものだ。主張の張り合いではなく聞き合いの対話ができるコミュニティ。

  
親という立場でも、子供と接するちょっとした会話の中でそんなふうに話をしたいものだと思う。

2007年6月22日 (金)

<回答>マルいハートやマルいアタマを育てるために大切なコト

私はちょっと頭のカタチが後頭部ゼッペキ系なので

自分の子供が赤ん坊のころはドーナツ枕をあてがって

格好のいいマルい頭になるように気をつけていました。

 

ドーナツ枕が効いたのかどうかは本当のところは

よくわかりませんが、おかげでちょっとはましな頭の

カタチに子供たちは育ってきているようです。

 

まだやわらかいころにどんな風しておくかで

カタチは決まってくるのかなと思います。

逆に大人になってから変えようとすると

削ったり・入れたり・・・

方法はなくはないですがかなりムズカシそう。

 

ハートや頭の中身についても、まだやわらかいうちに

ハートのドーナツ枕、頭の中身のドーナツ枕

を用意してやることがが親の務めであり

喜びでもあるなと思うことです。

手つなぎ棒

平成19年6月4日付で発表された総務省の

コミュニティ研究会 中間とりまとめ

を読んでいたら末尾の挿絵がなかなか個性的だったので

つい画面をキャプチャーしてしまった。

個人的に「手つなぎ棒」と命名。

Photo_1

資料本体 の第5の1に

「地域コミュニティの教育活動・子育て」

という項目があってこんなことが書かれていた。

大人だけで地域コミュニティづくりを進めようと考えても、うまくいかないケースがある。このような場合に、「子どもが集まれば親も集まる」という形で、子供をきっかけとして大人が集まり地域コミュニティ活動が生まれることもある。

(中略)

子供を地域コミュニティ活動のきっかけとしてとらえるだけではなく、子供自身が地域活動に参加する権利がある、という視点も必要である。(コミュニティ研究会 中間とりまとめ より)

 

そういえば近所の公園で定期的に練習をしている少年野球チームは実は大人の地域コミュニティの核になっているようなところがある。この間チームの親と子供がそろって公園のブドウ棚の下でバーベキューを楽しんでいたが、子供だけでなく親同士の交流で盛り上がっていたようだ。

 

しかし、子供自身が地域活動に参加する権利というと何のことを指しているのだろう?

 

夏に

「(近所の公園の)お祭りに行きたいよお~」

とねだられたら(ねだられる前からだが)

連れてって、屋台でわたあめを買ったりしてやるけれど

どうもそういったことではないんだろうなたぶん。

 

2007年6月21日 (木)

待つ我慢

やっと2つの条件にあった塾がみつかり、なぜか??娘は楽しく通っています。中学受験の大変さが分かっていないのか??

母はもう倒れそうです。その毎週ごとの成績の悪さに落ち込んでいます。でも、彼女はどこ吹く風。


大丈夫。今度がんばるからね~」とマイペース。


聞けば、どこでも母親と一緒に勉強しているようで、任せているのは我が家ぐらいのようです。


私も参戦したいのですが、ひとりで最後までやると言っているし、塾の先生にも相談したのですが、彼女の意志を尊重しましょうということで、母はひとり、待つ我慢を強いられています。しょぼん


この待つことがこんなに大変とは知りませんでした。(中学受験は大変|滝桜咲く ~のんびりママの中学受験日記~ より)

 

いいお母さんだまあ。

 

「何やってんのモウ!」

とずかずか参戦してしまうのを

抑えることができないケースは多いのではないか。

 

こういう見守り方ができるお母さんのいるおうちは

日がいっぱい当たっている植木鉢のような感じ

なのではないかななどど思う。

人んちの前であーそーぼーと叫ぶ

3年前の一斗缶で缶ぽっくりの記事を見て、いっしょにいろんな缶ぽっくりを作りませんかとメールがきたのだ。インターネットを通じて知らない人から「あーそーぼー」と声をかけられたのだ(そういえば最近そうやって人んちの前で叫んでる子どもいませんね)。(@nifty:デイリーポータルZ:缶ぽっくりに最適な缶はどれだ より)

 

そういえば小学生のころ人んちの前で

「○○くんあーそーぼ」とよく叫んでいたものたっだ。

 

相手がアパート4階に住んでたりすると

ベランダに向かって絶叫することになる。

すると

「○○はもう公園に遊びにいっちゃってるよー」

なんておばさんが出てきて叫び返されたりする。

 

確かに最近人んちの前であーそーぼーと叫ぶ

という子供を見かけたことが無い。

 

子供の数が少なくなったから?

 

あるいは

 

最近の小学生は携帯で

あーそーぼー

とメールしてからあそんでいるのか。

 

今度近所の小学生に聞いてみよう。 

 

 

 

2007年6月20日 (水)

うちの子にいい塾、悪い塾

プレジデントFamily2007年8月号の特集トップは

「うちの子にいい塾、悪い塾」

 

↑同雑誌WEBページに、「超縮小版」

というのが公開されていたので見てみると・・・

面白いほどに本文が読めない。

 

今月のピックアップというコーナーで

教育評論家の小宮山博仁さんの文の冒頭が

紹介されていたので目を通してみると

至極まっとうなことが書かれているようす。

 

 

編集後記がちょっと面白かった↓。

▼「東大生の塾の費用」の記事の取材で、5月の大型連休前後に東大生13人に会いました。そのうち8人は入学して1カ月たらずの新入生。彼らの“完成したての合格体験話”についつい引き込まれてしまいました。
 その中の一人がひととおり高校時代を振り返った後に、「受験のことばかり考えていたわけではなくて、恋愛や友人との関係が一番たいせつだった」と照れながら言ったのが心に残りました。この言葉だけで彼がいい高校生活を過ごしたことがわかった気がします。

 弊誌ではこれまでにもいくつか東大生にスポットをあてた記事がありますが、次回は「東大生の恋愛」というテーマも面白いかもと思いました。(編集後記|2007年8月号|プレジデントファミリー より)

 

「東大生の恋愛」。

受験生活を勉強一色ですり減らし

ろくに交友も恋愛もしなかったひとたちが

嫉妬買いしそう。

2007年6月19日 (火)

ニューヨークに塾はあるか

ニューヨークには日本人向けの日本法人の

塾ならちらほらとあるようだけれど

現地人向けの塾というのは無い様子。

 

この間学生時代の友人と久しぶりに飲んだときに

NY帰りが3人ほどいたので聴いてみたらどうやら

そんなことらしかった。

 

「日本に帰ってきてみて驚いたのが

小学校2年生でカタカナ勉強しているんだよ。

向こうでは娘は、昆虫の体の仕組みとかの

レポートの宿題を毎日泣きながらやってたんだけど」

 

お父さんの帰りが向こうでは早かったそうで

結構手伝ってあげてたらしい。

 

充実した学校の勉強や宿題を

会社から帰ってきたお父さんが

見てあげたりしている。

これいいなあ。 

これがニューヨークで一般的かどうか

というのはおいておくとして。

 

とはいっても、

日本での財閥にあたる上流階級は

塾ではないが家庭教師がついてるという。

 

そこでは日本とは比べものにならないほど

大量資本が投下された激しい学歴競争があるらしい。

2007年6月18日 (月)

パムとケロのおうち

皆、勝手口から~開いているドアから~
家の中に入ってくるのだ。

蚊じゃあるまいし・・・。

ある日は私がトイレに入っていたら、隣のおばぁさんが風通しのため開けておいたドアから進入。

「だれか、いないのかぃ?」

「ここだよ!」(トイレの中から答える)

「あ~、野菜おいとくねぇ~♪」

自宅のトイレなのに、安心して入れない

中学受験 ゼロからの出発 やる気を削ぐ理由 より)

 

パムとケロのおうちみたいなおうちらしいが

人もオープンな感じでうらやましい。

 

地震など緊急時にはこうした普段のご近所とのつきあいが生きてくる。

大事なところだ。

 

上記ブログでは

子供が勉強中に割り込みを受けてしまい困る

と書かれていたけれど

かえって集中力が養われて良いのではないだろうか。

 

子供は子供部屋ではなくリビングやキッチンのテーブルで

勉強させたほうがよいという考え方をするひともいる。

家内のいとこが設計士でそんな考えのひとだった。

彼に我が家の設計を頼んだ結果、ウチの子供は

 

ダイニングテーブルで宿題をやる

 

というデザインになっている。

  

子供部屋にできるだけ居座らせないようにするため

できるだけ狭く間取りをとったら寝台車や物置のようになり

それじゃあんまりだと家内の父がなぜかモノ申して

ほんのすこしだけ子供部屋が広くなった。

 

でも本気でダイニングで勉強させようとしたら

将来はそうとうでかいテーブルを買わないとなあ。

2007年6月17日 (日)

中学受験を選んだ理由

「みんなと一緒に○中(近所の公立中学)に行きたいな~」

うっ・・・・・・。

覚悟していたとはいえ、かなりの衝撃。

いえ、地域の公立中学に特別不満があるわけじゃないんですが(現に我が家の第2志望校は公立中学)副教科の苦手な息子に高校受験は不利じゃないかと。

中学受験と高校受験の違いや森のなか中と○中の違いを話して最終的には、

「やっぱり森のなか中学校に行きたい」

となったのですが、息子が中学受験を選んだ大きな理由はおそらく塾をやめたくないからだと思われます・・・。

そんなに塾って楽しいのかな。(めざせ、森のなか中学校!: 公立中学に行きたいの!? より)

 

「塾をやめたくないから」中学受験する。

なんだか逆立ちしているみたいだけれど

そんな理由もあるのかあ。

  

先生が好きとか

塾の友達が好きとか

いろいろあるかもしれないけれど

「自分が成長するのが楽しい」

ということを実感させてくれるから

とか、そんなところじゃないだろうか。

 

自分を振り返ると塾帰りに駅で自動販売機の

ジュースを飲むのも塾通いの一番の楽しみの

ひとつだったけれど。

2007年6月16日 (土)

子供の成績の格差を生み出しているもの

著者は、家族一緒に夕飯を食べることや一緒に会話を楽しむこと、家族で旅行に出かけることと成績との因果関係を通して、「生活の質」の格差が階層の固定化を生むと主張している。そして、サービス業の365日、24時間化にともない人が休んでいるときに働く人間が増え、こうした人たちには、いくら国家が「家族を大切にしよう」「子育ては親の責任だ」と声を上げても、そのための時間がないと主張する。

  その上で、「国全体として、夜中働くのをやめるとか、土日はしっかり休むことを徹底しない限り、そういう仕事をしている人は取り残されてしまう。この矛盾を解決しないと、いくら家族や食育の大切さを論じていてもむなしい。子どもの成績の格差を生み出しているのは、実は「収入の格差」だけではなく「生活の質の格差」なのだ」と言っている。ここが肝だ。(八王子市議会議員 両角みのるブログ: 三浦展『格差が遺伝する!』(宝島社新書) より)

 

この間、早起きをすすめる会の東京北社会保険病院の神山潤先生の講演を聴いたときに、”ほんのちょっと”だけ似た話がでてきたのを思い出した。

夜しっかり眠ることと成績の相関を示してから、結局「ひとりひとりのお父さんたちが意識を変えなければダメ。深夜長時間残業を美徳とする労働感がまわりまわって子供の睡眠リズムを崩している」と。

意識のツボを突かれてハッとしてしまった。

毎日子供と一緒に夕食をとる生活ができたらいいのだが・・・。

 

2007年6月15日 (金)

受験の神様、受験のシンデレラ

「受験の神様」といえば「菅原道真」かと思ったら

グーグルで検索してトップに出たのは

2007年7月スタートの日テレ系ドラマだった。

 

父子家庭の父が息子の中学受験のために

ありとあらゆる努力をするという物語らしい。

 

「受験の神様」といわれる凄腕家庭教師

というのが実は中学3年の女の子。

 

「私に家庭教師を頼みたいなら、ここで土下座して下さい」

なんて言ったりする。

 

受験の神様公式サイト を見ると

今首都圏の小学6年生の6人に1人が中学受験する

と書かれていたりする。

 

へえ。

  

かとおもうと

「受験のシンデレラ」

というのも発見。

こちらは2008年公開予定の映画。

 

高校中退の貧しい少女が

余命僅かのカリスマ塾講師に出会い

東大受験を目指すという話。

受験版あしたのジョー。

  

ふうん。

 

今回の感想は

へえ。

ふうん。

だけ。

 

へえとかふうんとか言っているだけだと

すごくラクだ。

 

 

 

 

2007年6月14日 (木)

水曜日の小学生たち

友達と一緒にダラダラ走っていく子たち。

どこかに向かって急いで走っていく子たち。

たむろして道路わきに座り込んでいる子たち。





なんか胸がチクチクする。




そうなんだ。

水曜日って、子ども達はこんな時間を過ごしてるんだ。

週の合間、友達といつもより長く遊べる日なんだ。








家にひとり居るデコポンを想う。


今頃、一心に机に向かっているんだろうか・・・

(邪念もあるだろうなσ(^_^;)


デコポンには、どんな未来が待っているんだろう・・・

水曜日には・・・|されど中学受験・・・。 より)

 

 

祈るような気持ちで子供を応援するお母さんの想いがピュアーーに書かれてる↑。

こういうブログを読んでいるとこちらも祈るような気持ちになってしまう。

 

このデコポンのママのブログ↑に寄せられたコメントに

「受験を経験する子は、まわりの子たちより、ちょっぴり早めに大人になっているような気がするね」

とあった。

 

確かにそうかもしれない。

 

早めに大人になる子供・・・。

 

  

早めに大人になる子供というと思い出すのが、

イタリアのクラッシック映画の「自転車泥棒」。

 

自転車泥棒で捕まった貧しいパパを子供が泣いてかばう。

 

映画の話だけれどそんなケースに置かれた子供も

かなり早めに大人になりそうだ。

2007年6月13日 (水)

日本的な大人

聾の方のひとりが「日本語には遠まわしな言い方があるけど、これがわかりにくくて」とおっしゃると、その場にいた外国人の方が全員「そうそう」と強く同意されたのもおもしろかった。たとえば中国の方は日本でアルバイトをした経験があるそうだが、しばらくして、お店の人から「この仕事は○○さんにはむずかしいかもしれませんね」と言われたので、「がんばります」と答えた。するとまた「むずかしいですね」と言われるので「がんばります」と答える。何度かこのやりとりをして、ようやく、相手が自分に「やめてほしい」と思っているのだ、とわかった、と言う。日本人ははっきりと「やめてください」とは言わないのだ。(じゃりんこのコーヒータイム: 多文化共生 より)

 

いわゆる日本のオトナの資格のひとつにこの遠まわしな表現に精通しているかどうかというのがあると思う。

いやですと言わずに断るとか、辞めてくださいとは言わずに辞めていただくとか。

やさしいんだか非情なんだかよくわからないグレイゾーン。

そういう日本でも子供の世界ではそんな遠まわしな表現はない。

子供と接していると遠まわしな気遣いがないところがいいなあと思う。

日本の中でも江戸っ子は遠まわしな表現より直截的な表現が似合っていそうだ。

それは江戸っ子がほんのちょっと子供だからだろうか。

2007年6月12日 (火)

いよっ早いね!

朝駅に向かう途中で通り過ぎると

「いよっ早いね!」

などと声をかけてくる一人の中学生がいる。

「おおおいいねええ!」

だったり

「おう!」

だったり。

私だけでなくいろんな人に声をかけているようだ。

何も返答しない人もいなくはないが

きちんと返事をするひともけっこういる。

彼が通る朝の道は挨拶が盛んだ。

 

そういえばニューシネマパラダイスにこんなキャラクタがいたなあ。

 

彼の通う特殊学校の前には通常の公立中学校があるが

雰囲気が良いために遠くの学区から生徒が集まっているらしい。

2007年6月11日 (月)

障害と母

しかし、元々認識しないことに対して不自由を感じないように、視覚障害者は見えない、ということに対して(私の目から見て)大したコンプレックスは持っていないように感じました。皆さん、とにかく明るい。

もちろん、その人の性格でインキな方もいらっしゃいますが、私が思い描いていたイメージとは全く違い、楽しい雰囲気のクラスになります。
余談ですが、クラスで隅田川の花見に行こう、という話が出た時、ある御婦人から(もちろん目は見えない)「隅田川の花見なんて人を見に行くようなものだ、止めた方が良い」といわれました。思わず笑ってしまいましたが。

たぶん、視覚障害のある方のご両親はさぞや子育てで苦労なされたろうと思います。自分だったらどうだろう?と考えますが、ここまで立派に子供を自立(自分で何でも出来る)させることが出来るだろうか?育てられるだろうか?と思いました。
昨今の親御さんは、何か勘違いして子育てをしているような方が多く見受けられますが、子供をきちんと社会に適応できるように育てるための基本的なこと、自立するということを、障害を持つ子供さんを育てた両親をちょっと見習うといいんじゃなかと思ったりもします。(明日はきっともっと上手くなる: 過去ログ2:視覚障害クラスその1〜5 より)

 

最近障害についてかかれたブログが目に留まる。

この間、脊髄に障害を持つお子さんをもつお母さんと会話したせいだろうか。

そのお母さんは子供の病院に足しげく通う生活を送っている。

金銭的にも厳しい環境らしい。

 

あれこれ考えていたら想いがあちこちに転がっていってしまう。

母親というのはありがたいものだなといったたぐいのことをぼんやりと考えていた。

 

うまく言葉ででてこないぞ。

こんなに引用したのに本文が少なすぎ。

2007年6月10日 (日)

人生の転機

人生の転機というのを

ふと、なんだろう?と思って・・・
と、ゆうのも、たぶん、ダーリンの転職の様子を見ているから考えてしまうんだろうけど・・・。

私にとっての転機と言えば。。。

中学受験
高校卒業後の進路
上京
就職
結婚
かなぁ~???

2●年間生きて、たった5つなんだ・・・。
でも、どれもこれもそんなに深く悩んだりしてない気がしたり・・・苦笑

===まったりんこな日記=== 人生の転機って・・・ より)

自分の人生の転機といったら何だったのだろうか?

やはり結婚だろうか・・・

書いてしまうと拍子はずれに簡単だ。

 

4月に会社に就職したての新人は転機を過ぎたばかりで

一生懸命生きている。

これもこうして2文程度で書くだけだったら簡単すぎる。

 

中学受験。

書けば4文字程度だけれど

これについてブログで書き表そうとした言葉は

ブログ上に数え切れない。

なんといっても人生の転機だから。 

2007年6月 9日 (土)

竹とんぼ

竹とんぼづくりの講演会があり、子供と竹とんぼ作ってきた。

子供用は厚紙で作るのだけれど、大人は竹をけずって火であぶったりする。

へえ、竹とんぼって火であぶって曲げるのかあなどと驚いたりした。

アルコールランプなどという懐かしいものに火をつけたが小学生のとき以来

のような気がした。

竹とんぼは大して飛ばなかったが子供はたいそう喜んだ。

自分が作ったものが飛ぶ。

よく考えてみたらなかなかロマンチックだ。

技術者のモノづくりの原点ってこんなところで育ったりするのではないかな

竹トンボ以来、子供はよく家で紙飛行機を飛ばすようになった。

2007年6月 8日 (金)

早起きをすすめる会

東京北社会保険病院の神山潤先生の講演を聴いた。

早寝早起きという当たり前とも思えるテーマだったが

思いのほか興味深い内容だった。

その中で紹介されていた子どもの早起きをすすめる会のアドレスが

www.hayaoki.jp

という覚えやすいものだったものでアクセスしたらトップにこんな表示。

「このWEBサイトは、深夜0時から3時までは、閲覧ができませんので、ご了承下さい。」
 
さすが一貫してる。
 
講演で利用されていたパワーポイントがHPにも掲載されてましたがこれ面白いです。
夜ふかしから派生する心身の諸問題

2007年6月 7日 (木)

<回答>学校選びのヒント

一番大切なのは、子供がその学校に望んで憧れることができること、少なくとも、子供の性格と校風がまったく合いそうもないのに親のエゴや見栄で学校を選ばないでほしいということです。(学受験・塾選びと親子でスマイル作戦: 校風について より)

最も大切なのは、親の価値観も非常に大事ですが、子どもがその学校に合うだろうか?ということです。子どもの特長がますます伸びそうな学校を選んでくださいね。子どもが楽しく生き生きと友達と交わり、勉強に取り組んでくれていたら、親は学校に不満をそんなに抱くことはないですから。(とはいえ、入ってみて初めてわかることや、出会いの偶然性だけはどうすることもできませんけれど)(海外・帰国保護者のラウンジ 「ピアーズ関西」 日本人学校出身者の学校選び より)

人気がクチコミで広まるとさらに人気が強まり人気の学校にわれもわれもと押し寄せるということが起こるものだと思う。けれど人気がある学校だからといってそれが子供にあっているとは限らない。人気があるならそれなりの裏づけがあるのだろうとは思うけれど、それとは別に自分の子供に会った学校というのはどこかという視点を大事にしたいと思う。

「格差社会」など子供の将来に不安を掻き立てるようなニュースも多いが、そうしたあおりで一律ならべの基準にやみくもにすがるのではなく、子供の一生を考えて主体的な学校選びをしたい。

2007年6月 6日 (水)

宿題におけるアリとキリギリス

お塾様の説明会のとき、
「宿題はお子さん自身でさせて、お母さんは○つけ、
 あと、間違いなおし、そして○つけ、
 ここまでは口出し無用。自分でさせてください」

との事でしたが、

むーりー!

塾の宿題をせねばならぬ状況に追い込まれると
「あーちゃぁぁん・・・」
片付けも済んで、やれやれという時から、へばりつかれ、
終了は23時とか23時半・・・

24時から、子連れ狼を見ながらアクアブルーをくぴっと飲むのを楽しみに生きてるのに、風呂とか入ってたら、間に合わん・・・

全国の塾通いの小学生のみなさん、
これ、ほんとに一人でやってんの???(塾通いの日記:塾通い より)

僕は子供のころ家で宿題をやらず、学校や塾でやっていた。

あ!っと気がついてから始業直前や休み時間に200%でやる。

ひょっとして家内もそうなんじゃないかと思っていたがやっぱりそう。

あーあ。

この分じゃ子供たちも同じか?

とおもいきや、長男はなんだか律儀にやる派らしい。

この先、少々思いやられる。

宿題手伝って攻撃にされされるのだろうか?

  

「しらんもんね」

 

という態度で、子供自身に考えさせ調べさせるようにしたいところだけれど。

2007年6月 5日 (火)

レインボーマジック

ご存じですか?「レインボーマジック」

今、小学校1〜2年生の女の子の間で大ブレークしているそうです。

7人の虹の妖精たちを探すレイチェルとカースティという2人の女の子の冒険のお話で、「赤の妖精ルビー」「オレンジの妖精アンバー」「黄色の妖精サフラン」・・・と、探す妖精のお話ごとに1冊ずつ分かれていて、全部で7冊シリーズの本になっています。

サーヤがクラスのお友達から教えてもらい、本屋さんに行った時、めずらしく「この本買って」と言い出しました。おそるべし、友達の影響力。(双子日記: 小学生女子の間で流行るもの より)

 

ほう、これはしらなんだが娘の年齢にあっていそうなので早速図書館注文か。

とおもいきやこれは、遊園地のような受動的な楽しみを提供する本だという辛口の書評もある。こちら図書館司書の方のようなので含蓄ふかい。

レインボーマジックはたとえるなら遊園地みたいな本です。

遊園地では、お金を払って乗り物に乗れば、あとは勝手に動いて楽しい思いをさせてくれます。

怖い思いをすることがあっても、ちゃんと安全確認もされているので、心配ありません。

自分で考えて行動する必要なんてありません。(レインボーマジック ちょっと補足 : 今日の見切り発車 より)

 

こういう辛口批評も載っているケースは珍しい。ちょっと変わったインパクトを持った本であるようなので興味がそそられる。まず試しに取り寄せリストに追加しよう。

2007年6月 4日 (月)

子供と過ごす時間

それでもココロのどこかで知っている、ものごとには、取り返しがつくものと、つかないものがある。そして、代替の利くものと、利かないものがある。取り返しがつかないものは、子どもとの時間であり、代替が利かないものは、父親だ、ということにわたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: もしあなたが週60時間以上働いているとすれば、父親として役に立たない。息子が問題をもつようになったら、それはあなたのせいだろう より)

父親としてあまり子供にかまってやれてないかもなあと思うときにはこんな風に思うようにしている。

「でもあの(立派な)人の父親はそれほどかまってくれるようなタイプの父親じゃなかったみたいじゃないか」

父に問題があっても、子が立派に育つことはある。父親そのものが子供にとっても逆境だったとしても、その逆境を乗り越えることで大きく育つことだってあるんじゃないかと。

 

毎朝子供と散歩して絵本を読むことを日課にしているけれど、それは子供を育てるためというよりは子供と過ごす時間が楽しいから。

ひょっとすると自分が「親」としてと同時に「子供」としても過ごすことができるところが楽しいのかもしれない。

最近僕が出勤するときに近くの公園のところまで見送ってくれる。

「ばいばい」

と何度も手を振ってくれるのがうれしい。

2007年6月 3日 (日)

子供とキャンプ

都市生活をしていると闇を知らずにいる。
しかし、キャンプを始めてから、
「真の闇」の怖さを知った。
月明かりや星明りの無い曇った夜、
真の闇が訪れる。(闇夜 - 中学受験とアウトドア より)

GWに長男の友達家族と一緒にキャンプにいったのだけど、設営が大変だったり寒くてよく眠れなかったりしたので、やっぱりアウトドアは自分たちには合わないのかなあなどと家内と話していたが、あれから一月たって都合の悪いことは忘れてしまって、またキャンプに行きたいねなどと話している。

 

そうかそうか闇夜の怖さというのもあるのか。

この方のブログを読むと、とんびにサンドイッチを取られたときに血が飛び散って子供が泣き出したりとかなかなか大変なことがいろいろと・・・。

そうかそうかサンドイッチを食べるときはとんびに気をつけよと・・。

 

そんな非快適で危険な野外生活になぜわざわざ行くのか。

家内いわく、自分で道を作ってゆくところが楽しいと。

うん、そうかもしれない。

あらかじめ用意された道ではなく自分で道を拓いてゆく

それを家族でやるというところも楽しい。

2007年6月 2日 (土)

痛ましくも感動的な、とほうもない人生経験

この本では、女性は生来自然、「母親となりうる」のではなく、さまざまなプロセスを経て「母親になる」のだということを、ユーモアと温かさにあふれるエピソードとともに語られている。私自身、とても共感するところの多い本だった。特に、妊娠・出産・子育てというこの数年の「天変地異」を受け入れる過程の心模様には、何度も頷かされた。(手袋をさがす: 「女性が母親になるとき」 より)

社会的生活って表層的なものだなと思ったのは、家内の出産に立ち会ったとき。

人が生まれるというのはちょっとした出来事だ。

人間が生物であることを実感させられた。

男性はそれを外から見ているだけだけれど

女性は母になることによってそれを身をもって体験する。

母は強しというけれどさもありなんという気にさせられた。

 

子供たちが生まれてからだいぶ時が過ぎ、

出産も遠い昔のようになってしまったが、

日常の社会生活の中でなんだかふとサカサマ感をいだくことがある。

都会的な生活の快適さを追求するなかで自然を抑圧していることが

母の存在を削っているような

おかあさんごめんなさい的な

リリーフランキーの東京タワー的な想いをいだく。

2007年6月 1日 (金)

GWのひみつ旅行

中学受験でガンバル姉にかかりっきりの両親が、GWぐらいは弟にもサービスしてあげようと涙ぐましい努力。↓

「どうしたの?」と息子にたずねたら、幼稚園の友だちが、家族で行楽地に出かけ、楽しそうに話しているのを聞いたらしい。

息子には、普段、我慢させてばかりである。とても、可哀相でいたたまれなくなった。

その夜、夫と相談し、娘が、GW特訓に行っているときに、息子だけでも、どこか連れて行ってあげようということになった。

しかし、このことは、娘には内緒にしなければならないだろう。

自分が、塾で、必死に勉強しているときに、弟が、遊びに行くことを知ったら、きっと暴れるにちがいない。(-"-;A

GW特訓と弟へのフォロー|中学受験回想録 より)

 

弟も大変だ。

ウチの場合であれば兄と妹になるが

でも妹はそんなに気を遣いそうにないなあ。

 

2007年5月31日 (木)

そろばん教室

先日電車に乗っていたら、女子高校生3人組が乗ってきました。

近所の共学校に通う見た目もごく普通の女の子です。

空いていた車内で、彼女たちの会話が何気なく聞こえてきました。

 A 「うちの母さん、もうむかつく~」

 B 「うちもだよぉ~確認テストが大事大事ってさぁ~わかってんのに」

C 「あたしなんか、帰った途端にどうだったって聞くからさ、その前に言ってやったよ」

 A 「だいたいさぁ、自分は何だってんだよね、自分も出来ないくせにさ」

このあたりで、彼女たちはかなりヒートアップして声もかなり大きくなっています。

 B  「そうそう、うちなんかさ、そろばんは出来たとか言い出すんだよ(笑)」

 C  「あの人たちさ、うちらの気持ちなんて全然わかってないよね」

  A  「顔見れば勉強が大事、基礎が大事だってさぁ」

 B 「自分はダラっとしてるくせにさ、だから太るんだよ」

彼女たちの会話はまだまだ続くのですが、中学受験の頃まで振り返り、

延々お母さんの悪口を吐き出していました。(中学受験に寄り添う日々: 子どもの気持ちより)

 

上記悪口で「そろばん」が出てくるけれど、この間、会社の近所でそろばん教室を発見した。

ああ、住宅街の中にそろばん教室のかんばんがたっている。

ひょっとしたらかんばんだけで教室は存在していないのかもしれないけれど。

 

いまそろばん習っていたらちょっとした特技になる。

ちょっと軽率な考えだが、会社の面接や合コンに役立ちそうだ。

純粋にそろばんが好きなのでやっているという人もいるかもしれないが。

 

2007年5月30日 (水)

TDSでVIP体験

そんなこんなで、
3時間、
「私はVIP !?・・・」と勘違いするような待遇。

だから、
「TDSに行くなら、
 プレミアムツアーを使わなきゃ!」ってな感じです。(中学受験  がんばってます: プレミアムツアー より)

TDSは行くとどうも変な感じに疲れてしまって、やっぱり自然の中で散歩するほうがいいよなあと思ってしまうけれど、それは待ち行列に疲れるだけなのかもしれない。

プレミアムツアー。

いいなあ。

けれど一人5000円でしかも宿泊前提(?)か・・・。

やっぱり自分は自然派だなと自覚を新たにしてしまった。

 

でもいいな・・・

 

・・・

 

2007年5月29日 (火)

子供への手紙

子どもたちには絶対に気付かれないように手紙を書いて、事前に先生に預けておいたものを、移動教室初日の夜に、先生が子どもたちに手渡してくれる、というのです。

事前説明会のとき、先生はこんなことをおっしゃっていました。

「私自身も子育ての節目節目に、娘息子に手紙を書いてきました。家族から手紙をもらうというのは、子どもたちにとって格別なものです。手紙を手にしたときパッと輝く子どもたちの顔を思い浮かべながら、手紙を書いてください。くれぐれも気付かれないように!これはサプライズです。」(ママ道: 娘への手紙 より)

最近長女が近所の小学生のお姉ちゃんに手紙を出している。

意味不明な文字プラス、いろんな絵という内容の手紙だ。

朝の散歩のときにひょこひょこと自分で配達する。

郵便受けに投函するときには背が足りないのでだっこをせがむ。

 

近所のおねえちゃんがかなり律儀に返事を返してくれるのでなんだか申し訳なくなってしまう。おねえちゃんの返事の手紙は市販のかわいいデザイン系手紙セットのものらしく、究極のかわいらしさを追求した挿絵が描かれている。

kawaii-nekochan

などといったローマ字が炸裂。

そういえばこういう手紙セットを収集している外国人の友達がいたなあ。

 

子供はときどき母親にも手紙を出しているようだ。

私もときどき手紙を貰っている。

でも返事を出したことがないことに気がついた。

 

今度、絵手紙で返事を書いてやろう。

2007年5月28日 (月)

脳内汚染を読み終え

岡田尊司さんの「脳内汚染」をようやく読み終えた。

ふう。

といってもかなり飛ばし読みだけれど。

 

(子供に対して)メディアの情報を批判的に受け止める訓練が必要と書かれていたが、ブログのような個人情報発信のメディアが広まっている状況では必須だと思う。

でも具体的にメディアの情報を批判的に受け止める訓練って何だろう?

そんな教育プログラムってあるのかな?

公的な教育機関でカリキュラムが用意されてるのかもしれないがブログを提供している情報メディア業側の責務とも考えられそう。 

例えばメディアの情報を批判的に受け止める訓練のゲームを提供するとか・・・。

 

 

映像系メディアだけに限らず本や雑誌や新聞など比較的旧来系のメディアも含め情報メディアすべてにわたって批判的な読み方というのは必要だと思うけれど映像系のメディアは子供でも比較的ポンと受け取ってしまいやすいので特に注意したい。

このあいだ、長男と一緒に近所のDVDレンタルショップにいったら、子供のコーナーすぐ脇で、ホラームービーのプロモーション映像が繰り返し流れていた。

「公開禁止になったほど/ネットメディアで論争が巻き起こったほど恐ろしい映画だ」というナレーション。

 

長男は絵本でもコワめのものは「ホワイホワイ(こわいこわい)」といやがる性質なので、この映像が目に入ったらまずいと思い即座にプロモーション映像を流しているテレビのスイッチをOFFにさせてもらった。(OFFにしてから気がついたが「電源を切らないでください」というテプラがスイッチの横に貼ってあったんだけど)。店のプロモーション担当の人の立場というのもあるだろうけどこども向けコーナーの隣であれはないんじゃないかと思う。

 

 

 

2007年5月27日 (日)

3時半起床

兵庫の明石に住んでた頃、釣りにはまったことがある。

シーバス(スズキ)をルアーで釣る。

というか釣ろうとする。

というのも、朝いって夕方まで

ただ竿を振るだけで何も釣れなこともしょっちゅうなのだ。

 

しかし釣りにはまると平気で朝3時半におきてしまう。

狩猟本能ってあるんだなあ・・・

と思いながらぶるぶると出かけていた。

このぶるぶるというのは寒いからというより

狩モードに入ったことのアラワレ。

 

最近釣りはすっかりご無沙汰だけれど

今日は3時半に目覚めた。

ごろごろしていたら

朝一番早いのは新聞屋さんだな

などと思いつつ

4時半ごろに鳥の声を聴く。

まあこんな面白いなき声の鳥は

こんな時間に聴けるのかといまさら気がつく。

 

どうしてこんなに早くに目がサメタかというと

狩猟本能とかではなく

昨日9時に寝たから。

 

昨日は休日出勤で恐怖のエンドレス会議かと

センセンキョウキョウとして出かけたのだが

なんと7時には帰宅デキタ。

uhyoo!

 

夕方に電車に乗ると、休日というせいもあって

子供や家族の姿をよくみかけた。

お母さんに抱っこされて座っている幼児が

隣に座って微笑みかけるおじいちゃんの

メガネをむしりとったりするのを笑っている。

 

駅から家までの道のりはいつもは暗くで見えないが

川面の光や、開いている店先などが見えて新鮮だった。

 

ここのところ平日あまり寝てなかったので寝だめしようと

9時にねたわけだったが、

すっと朝前に目覚めてしまった。

 

テンプスタッフの社長さんが最近出された本などを

さらさらと読みながら窓の外を見上げると

雲がゆっくりと流れている。

庭の芝生に寝転んで空を見ながら本を読んだが

さっそく季節はやすぎの蚊がやってくるまで

しばらくどこか別の世界に訪れたかのようだった。

 

ここのところあまり子供との時間が取れず

休日も平日疲れでベッタリしていたが

今日はだいぶ有効に過ごせそうだ。

 

2007年5月26日 (土)

子供との時間を創る

先日の新聞に「父親の子育てにおける優先度」の調査結果が掲載されていました。約68%の父親が「仕事などと家事育児を同等に重視(どちらかといえば、も含む)」と希望しているにもかかわらず、現実としては、約79%の父親が「仕事など自分の活動に専念(どちらかといえば、も含む)」となっています。現実と理想のズレが大きすぎます。これは、父親が子どもにかかわりたいと思っていても、長時間労働が大きな要因になり、どうにもならないことを物語っています。

教育基本法に新たに「家庭教育」の条項を加える前に、長時間労働を禁止する法律を作らない限り、「家庭力」の歪はますます強くなると思います。(人とつながる結日記 : 「家庭力」 より)

平日に子供と接することができるのは朝起きてから出勤するまで。

朝起きてから出勤するまでのスケジュールを結構きっちりやっている。

夜は仕事を効率的にこなしてさっさと帰るということをしないと朝かなり眠い。

個人的には長時間労働を禁止する法律がなくても

もっと効率的に仕事をこなせばいいのだが最近どうも遅いなあ。

 

2007年5月25日 (金)

地域での子育て

子育ては、「親と子どもの関係」だけで捉えるべきではないのかもしれません。子育ては、「親と子どもの関係」に加えて、親と子どをとりまく「地域ネットワークの参加のプロセス」と捉えるといいのかもね、そう最近考えています。(東京大学 中原淳研究室  : 教える技術、学びの科学: 抱え込む子育て、ネットワーキングする子育て より)

 

子育て、地域の方々に助けられてる。

 

家内は「家にずっと子供と一緒にいるとキリキリしてしまって」

というようなことをよくいうけれど

友達の家に泊まりに行ったりとか

ご近所の友達が遊びにきたりとか

そんな日はだいぶ気分が楽のようだ。

 

 

子供にとってもいろんな大人のモデルを学びとっていっているのだろうな。

2007年5月24日 (木)

脳内汚染

岡田尊司さんの「脳内汚染」をチョイ読み中。

家内が近所の奥さんから借りてきた。

 

ウチの家内は近所の奥さんともどもゲーム批判派で

「子供はテレビゲーム禁止」(たとえ友達がやってても)を標榜している。

 

「一昔前のマンガ罪悪説みたいで

ちょっとヒステリックすぎないか?」

などといおうものならちょっとした議論が始まってしまう。

 

コロンバインの銃乱射事件の話からはじまるこの本を読み進めてゆくと

問題視されているのはまずは、残虐行為をテレビゲームで繰り返す

ことにより、強化訓練的にモラルの「たが」外しが進んでしまうこと。

しかし、批判の対象はテレビゲームにとどまらずネットコミュニティ

にも向けられている。

ネットコミュニティでも、特に匿名性が確保された場所では

「モラルのたがを外した」言動ができてしまうから。

 

2006年後半ごろにあちこちのブログでこの脳内汚染について

だいぶ盛り上がっていたようだ。

 

ゲームだけではなくインターネットが同一に論じられると、net依存症気味の私としては心穏やかではない。休日は、ひ日がなビール飲んでnetサーフィンをしているが、本書によると早晩『否定的な自己像と現実的課題の回避』や『抑圧傾向と攻撃性、サディズム』の現象が現れそうである。netで検索すると結構ひっかかる.amazonでも賛否両論.ゲームの好きな人は,一言いいたいだろう.専門的な知識が無いのでなんとも云えないが,昔云々されたTVや漫画に対するPTA的な批判をつい思い出してしまう.しかしマァ,バージニア工科大学で起きた銃乱射事件などがあると,妙に納得もしてしまうが(^^;).(e-徒然草:岡田尊司 脳内汚染 より)

 

書評のリンク集を作ってみました。否定・肯定、両方取り上げてあります。結構長いです。(Interdisciplinary: 脳内汚染の書評集め より)

 

 0歳~幼児位の子が当たり前に見ているヒーロー物の番組だって同じだと思います。うちの息子が2歳か3歳になったばかりの頃に「仮面ライダーなんとか」を親戚の家で見てしまいました。映像に慣れていない息子は仮面ライダーが武器として投げたギターが、「悪者」の人間もどきの胸に突き刺さり死んでしまうシーンを見て泣きじゃくりました。そんな姿を見て主人のお義父さんは「○○は意気地なしだなぁ。××(甥っ子)はこんなの見てもへっちゃらだったぞ。」と言っていました。・・・・ん~でもそれって違うんじゃない?うちの息子はテレビ類を見ていないので、生身の人間か絵本の中の人物や写真などを通して成長してきています。そんな生活をしていると、人間が死んでしまったり、傷つけられる場面に出会う事はまずありません。仮面ライダーに出ている全身タイツの悪者だとしても人間の形をしています。そんな人がギターの一撃であっけなく死んでしまう所を見て、恐怖を覚えたり悲しくなったりするのは、2歳や3歳の子供だとしても、とても正常だし心が育っていると思えませんか?(バカな親でも英才教育がしたい!!:「脳内汚染」 より)

 

いまさら読み始めたこの脳内汚染、まだ読みかけだけれど

これだけ書評に目を通してしまうとネタバレみたいで

もう読まなくてもいいかという気にちょっとなってしまいそうだなあ・・・。

 

2007年5月23日 (水)

「ごーん」お寺の鐘のまね

最近長男は朝散歩が大好きだ。

朝5時台に起きだして

「アササンポイコウアササンポイコウ

(朝散歩行こう朝散歩行こう)」

と耳元で要求する。

私は「朝のゴーンが鳴ったら行こう」と答えて寝る。

朝のゴーンというのは毎朝6時に鳴る近所のお寺の鐘のこと。

すると長男が私の耳元で

「ごーん

ごーん

ごーん

昨日も帰宅は午前サマだったが

ダイニングに家内が開いて置きっぱなしにしていた

脳内汚染という本をつい読んでしまったりして寝たの2時半。 

 

それが結局今日も6時台の朝日を浴びながら

長男の自転車転がしを細目で鑑賞してしまった。

 

あんまり眠いので朝食のときに黙ってただ長女の顔を眺めていたら

「どうしてそんな目が細いの?」

と聞かれた。

返す言葉もなく目をさらに細めた。

 

明日は早く帰ろう!と最近毎日思ってるなあ。

2007年5月21日 (月)

<回答>塾選びのヒント

小6と中学の境目のときにはじめて通った塾は面白くて興奮した覚えがある。講師の手のうちで転がされただけなのかもしれないけれど好奇心をぐいぐいと引っ張り出されて、何かができるようになるとか身につくという手ごたえのようなものを体験したような気がする。子供にも授業があんな面白い塾に通わせたい。

 

逆にこんな塾には行かせたくないということであれば

「ハチマキ塾」(ハチマキを締めた絶叫調の塾)

「誤字脱字塾」(お知らせやチラシに誤字脱字が多すぎる塾)

などは行かせたくないなあ・・・。

 

これらは、小宮山博仁さんの著書「子どもの「底力」が育つ塾選び」の「こんな塾にはいかせたくない」という章にあるもの。以下、目次からの抜粋引用です。↓

相談に乗ってくれない塾
成績が下がった原因を子どものせいにする塾
懇談会や個人面談がない塾
計算プリントをもくもくとやる塾
電話のマナーが悪い塾
看板の出ていない塾
進路指導がない塾
お知らせが少ない塾
経営のことしか考えていない塾
学生アルバイトを多用する塾
友だちを入会させたらお金を出す塾
分教室をすぐ閉鎖する塾
できる子どもばかり集める塾
ハチマキを締めた絶叫調の塾
子どもを竹刀でたたく塾
学校批判をする塾
広告のチラシに難関校の合格者数しか出ていない塾
誇大広告をする塾
過剰な競争をさせる塾
おかしやお金で子どもをつる塾
授業が面白くない塾
お知らせやチラシに誤字・脱字が多い塾
私立学校との関係を強調する塾

 

「子どもを竹刀でたたく塾」というのもすごい。

 

「お菓子で子どもを釣る塾」というのはちょっとかわいい。(ほんとにそんな塾あるんでしょうか?)

こちらは自分として習いごとに通う楽しみの一つが帰りに駅でジュースを飲むことだったことだなあと思い出すにつけ若干身に覚えアリ。

 

小宮山さんといえば「AERA」2007年2月26日号「最後に勝つ塾選び」で記事になった「塾選び5か条」なるものがあるようだ。(流行りモノと気になるビジネス書のログ:小宮山博仁さんの「塾選び5か条」より)

小宮山さんの塾についての考え方の中で共感するのは、学ぶことそれ自体の面白さを重視しているところ。「なぜそうなるんだろう」というプロセスを端折ってテクニックを詰め込むのではなく、知的好奇心をめぐる純粋な喜びが子供の中に育ってゆくような環境を親としても用意してやりたい。

2007年5月19日 (土)

うな丼と子供の悲しい報道

昼にうな丼を食べた。

ちょっと奮発。

最近帰宅時間が遅く、睡眠不足で体が疲れていたようだったので。

そこのうなぎ屋は、最後の2口はダシを入れてのお茶漬けが推奨されている。

うまい。

ずず。

でも、そうして食べていたら背後からTVの報道。

大型スクーターのヘルメット入れに子供を押し込めた親の話。

レポーターが子供の視点からその再現シーンを克明に表現する。

・・・

うな丼食べているところじゃないような気になってきてしまった。

お店はご主人と奥さんの2人で切りもりしてたのだが

奥さんが独り言でTVでの報道を聞いてぶつぶつと文句をいいだした。

悲しくなって、うな丼屋を後にした。

うな丼屋を出たらカトリック系の幼稚園があってちょうどご飯を食べるとこだったのか一斉のお祈りの声が聞こえた

「おとうさま、おかあさま・・・・」

ちょっとだけ悲しさ持ち直して会社に戻った。

2007年5月18日 (金)

お母さんごめんなさい

会社の休憩時間に近所の公園にいったら子供の泣き声が空から聞こえた。

「お母さんごめんなさーい!」

どうやらマンションのベランダから聞こえてくるようだ。

あたり一帯に響き渡っている。

「お母さんごめんなさーい!

ごめんなさーい!

ごめんなさーい!

ゆっくり公園の中を一回りするうちに100回ぐらいごめんなさいを聞いた。

大丈夫か?

ちょっと心配になってしまったが、ルールに反することをしたらしっかり叱ることも大事。

そういえば自分もそんな風に子供のころ外に締め出されて泣いたこともあったような気がする。

でもいい加減、うちに入れてやればいいのになあ。

などと思いながら、公園を後にした。

がんばれ。子供。そしてお母さん。

2007年5月17日 (木)

棒切れ爆走2輪

朝、長男と公園でフリスビーをやっていたら

長男が落ちていた2メートルほどの木の枝を拾って使い始めた。

フリスビーをその棒切れで受け止めて「釣れた!」などと言っている。

 

自転車で帰るときに前のかごに棒を立てようとするが

棒が長くて大きいのでなかなかうまくいかない。

 

手伝って自転車の後ろに差し込んでやったら暴走族のようになってしまった。

 

喜んで爆走。

 

ここで思い切りやらせておくのがいいのか?

しっかりダメ出しをしておくのがいいのか?

 

そんなことを考えている間に走り去ってしまった。

ああ。

2007年5月16日 (水)

母の日のプレゼント~ターシャ・テューダー

実家の母に家内がターシャ・テューダーの本などをプレゼントをしたようす。

ターシャ・テューダーというのは絵に描いたようなガーデニング生活を送っているアメリカ人(かな?)のおばあさん。

 

母向けというよりは家内の夢か?

 

いろいろプレゼントはあるけれど、実家の母にはやっぱり孫の書いた絵や手紙が一番のよう。

2007年5月15日 (火)

家庭力というな

雑誌AERAで「家庭力というな」という見出しのつり革広告を読んだ。家庭の中での人材育成について国からの圧力が強すぎという論調のようだ。確かに家庭にばかりしわ寄よせがきてるのなら・・・なあ。 

 
先日人材育成の研修で講師の方が、仕事を増やしすぎて最近どうもなあ・・・と家庭で愚痴をこぼしたら達成感を味わうという時間をしっかりとるといいよと娘さんにレクチャーされたという。「こういうことについて塾で指導されているみたいで」とその講師の方がコメントされていた。

 
最近の塾ではモチベーションマネジメントについて指導がなされているのか・・・。

まあ、あたりまえかもしれない。

2007年5月14日 (月)

オヤ学提言

親学提言は差し戻しになってしまった。

オヤ残念。

国があそこまで家庭生活に踏み込めば

学級崩壊のような異常事態を収拾するのに効果があるかとも思ったのに。

節度のある対応に落ち着いてしまった。

2007年5月13日 (日)

満員終電

金曜の終電は満員電車になることがある。この間はつま先立ちで帰った。

 

満員電車といえば、図書館でビジュアルワールドアトラスという子供向けの地図百科事典を読んだら日本の欄で富士山と共に載っていたのは満員電車の写真だった。

日本名物満員電車。

朝のプラットフォームで満員電車に乗り込む人たちの争いを観光客と思われる欧米人が写真に撮ってるのを見たことがある。

局所的にだが観光資源にもなってる。

 

「日本へ行って満員電車に乗ろう」

 

アメリカ西海岸方面などの広大な土地に住む人たちに受けるかもしれない。

2007年5月12日 (土)

透明チリンチリン

長男の自転車のベルが壊れたので自転車屋に行ってきた。いくつも並んだベルのなかからこれがいいと息子が選んだのは透明なベル。中身の歯車が見える。

中の仕組みはどうなっているんだろうという子供ゴコロにヒットした様子。

そういえば子供のころ、自転車のベルをはずして中の歯車をのぞいたものだったなあ。そうしているうちにベルを壊してしまってたけれど。

透明なら面白いし中身を壊されることもないかな?

透明ものといえば最近は透明冷蔵庫もあるらしい。ドアを開けずに中身を確認できるという省エネ家電。

なんかないー?と子供が冷蔵庫を覗くということも少なくなりそうだ。

2007年5月11日 (金)

空き缶が落ちてたら

女子御三家の違いについてこんな小話があるそうですね。 

 

道に空き缶が落ちていたら

A校:拾ってゴミ箱にすてる

B校:考えごとに集中しているので気付かず通りすぎる

C校:缶で遊び始める

 

道徳か、思索か、創造か。

こうした校風の違いっていいなと思います。

どのような内容にせよ、それぞれの個性に自信をもてれば

個性の内容の違いによって相手を否定するのではなく、

自分とは異なるよさと認め合えるのではないかと思います。

2007年5月10日 (木)

「真のタフネスとしての教養」と「サバイバル・スキル」

気持ちのいいブログを読みました。

心も、頭も、体もちゃんと鍛えて、その結果として、人生の基礎体力の素地をこの時期に培ってくれたら、それでいい。オールラウンドな高学力や、スムーズな学歴エントリは、いらない。本人が、「こうなりたい」「あれをやりたい」という意欲に目覚めたときに、その足がかりとして学習への意欲をもち、目標達成のために努力できる人になってくれることのほうが大事だ。

私たちの考える「教養」って、そういう、真のタフネスのことなんだ。

手袋をさがす:「家庭教育」。 より)

「真のタフネスとしての教養」

最近どっかで似たような言い回しを読んだような・・・。

ああ、ホンマノオトさんの「サバイバル・スキル」だ。

海城はおもしろい授業を展開しています。4月というより、2月3月にすでにやっているようです。中学2年の各教室の掲示板にそれぞれクラスごとに40枚の写真が貼られ、「中学2年国語A『走れメロス』のスチールイメージ」と紹介されているようなのです。詳しくはサイトをご覧いただければよいのですが、チームごとに「走れメロス」を読んで、印象的な5つの場面を選び、そこをロールプレイして(つまりショートドラマですね)、写真を撮り、掲示するという手法のようです。チームメンバーが議論してすり合わせていく過程、他のチームの感じ方を共有する過程がダブルループとしてつながっている見事なプログラムです。「メンバーとチーム」「論理と感情」「身体と脳」「言葉と雰囲気」「文脈とイメージ」「連続と非連続」といったマルチな両義性をつなげていく思考の過程ですが、この過程におけるリーダーシップこそサバイバルスキルです。

ホンマノオト:新学年・新学期、中高一貫校はサバイバル・スキルを身につける準備 より)

受験に関する立場は逆のようですがどちらも文化的なたくましさを志向していますね。

別の出口にたどり着いているのですが、おんなじ井戸を通ってる。

深い考えに触れるのは美味しい水を飲むようだなと思いました。

子どもの育ちを、誰かと一緒に考えられることは、私たちがいつの間にか陥ってしまう視点の偏りや気づかなかった不見識を発見することでもあるんだなと思う。(手袋をさがす:「家庭教育」。 より)

この部分、最近実感してます。

このブログ「子育てアパブロ」をつづる中でいろんな方の考えに触れて、目が開かれるというか、面白いなあと思うことです。

2007年5月 9日 (水)

<回答>新学年・新学期、一ヶ月が過ぎて・・・。

4月になってから担任の先生が変わったり

下の娘が習いごとをお絵かきから知能開発へ変えたり

などありましたが、もともと新学期の緊張というようなものが

それほど無かったようで、淡々と過ごしているようです。

 

ただ、最近オヤと思ったのが、下の娘が兄とケンカするときに

「もうあそんであげないからね」

というセリフを使い始めたこと。

幼稚園で、友達から遊んでもらえてないのかな

とかいじめまがいのことを友達にしてないかな

とかちょっと心配してしまいます。

 

もともと絵を描き始めたりすると集中して周囲の音が聞こえなくなるような

わが道を突き進むタイプだったのですが、周囲との協調性も気にするように

なったのかなあ。

 

長男は4月の誕生日を機にようやく自転車の補助輪をはずしてやったら

毎朝の散歩が自転車乗りに変わってしまいました。

休日ちょっと離れた公園に行くのに自転車でブンブン走って

いってしまい追いかけるのがタイヘンです。

2007年5月 8日 (火)

子供向けクラッシックコンサート

GW中に地元の文化会館で催された子供向けクラッシックコンサートに
いってきました。

ボランティア性の高いものだったようで子供無料で大人はワンコイン。

 

子供が友達とつるんでイスをガタガタいわすのを鎮めたり

曲の合間の静かな場面で

「もう眠いよお」

とつぶやいたりするのをにらみつけたりとタイヘンでしたが

家内はとてもリフレッシュしたようでご満悦。

 

子供にも分かりやすいライトな曲が多く

普段自分の趣味としてはまず聴かないものばかりでしたが

やはり本物を聴くのはいいですね。

 

聴きながら「ああ、あの国って(たぶんイタリア)こんな感じなんだ」

などと情景がふつふつ沸いてきたり、その日の夜眠ろうとしたときに

曲が耳の残っているのに気がついたり。

 

でもあの曲でホントにイタリアをイメージしてよかったのかどうかは不明。

まあいいか。

2007年5月 7日 (月)

企業の授乳休憩

ウチの会社で一時期盛り上がったこと

「会社に託児所を作るぞ」

つい半年ぐらい前のこと。

まだプロジェクトとしては続いているのかもしれない。

 

社会的責任としての施策とかもあるのだろうけれど

子供が職場の近くにいたら会社の雰囲気がだいぶ変わるだろうなあ。

 

実際、授乳休憩のある企業ってどんなところがあるだろう。

ちょっと調べてみたら事業所内に託児所がある企業は、

日産、ピジョン、オムロンなど

もうあるところにはあるんですね。

2007年5月 6日 (日)

有害サイト

私が子供のころといえば、テレビが有害だとさかんにはやし立てられてましたが

これだけインターネットが広まった今では

テレビなんて・・・

ネットにある過激な映像、またスパムメールの嵐の前では

おとなしいものです。

 

もう少しして子供が大きくなったらPCにフィルタリングをかけることを

ウチでも本気で実施すると思います。

でも自宅でフィルターしても、外に出ればいくらでもアクセス機会

があります。

 

物理的に隔離することを工夫するよりも、

何が危険なのか、その危険はどのように危険なのか

世の中の仕組みというものを分かったうえで

子供自身が自分で考えて判断できるようにすること。

そうしたものを工夫してやりたいと思います。

2007年5月 5日 (土)

尻キン

私の通っていた小学校の音楽の授業では 

尻キン

というお仕置き方法がありまして

音楽の先生が、木琴のバチで、生徒の尻をたたきます。

バチでバチっと。

かなり痛いです。

 

あるとき、子供にあざができたと文句を言うお母さんが

PTA側から議論を起こし、

せっかくの名物、尻キンが、無くなってしまいました。

 

その音楽の先生、 

特攻隊で飛行機に乗っている最中に足を射抜かれたために

足に穴が開いたあとがあるといううわさがありました。

きびしくまたおしゃれな先生でした。

 

僕は尻キンはいやでしたが

そのときなんだか尻キンが無くなってしまったことで

尊厳たるべきものが傷つけられたような気がして

それがイヤだったなあ

などと思い出されます。

 

今はたぶんお亡くなりになっているのではないかと思いますが

最近の学級崩壊の教室をご覧になったとしたら

お化けとして子供達に尻キンをしてまわるんじゃないかと思います。

2007年5月 4日 (金)

健康のために朝ごはん抜き

家内は朝食を食べるとどうも調子が悪いということで

朝食を食べません。

私と子供たちだけが食べます。

朝食を食べると体によくないよという本もあるらしいのですが

朝はやっぱりおなかすきますので・・・。

こどもはおなかすくと機嫌が悪くすぐケンカしはじめるし。

世の中には朝抜いたほうが調子がいい人もいるというのが

どうも不思議です。

ためしに朝食抜く生活を続けたら調子がよくなるかもしれない

のですが、どうもその気になりません。

2007年5月 3日 (木)

お黙り菓子

子供の相手に疲れたときとりあえず黙らせるために

与えるチュッパチャプス(棒月キャンディーのお菓子)をウチでは

 

お黙り棒

 

と呼んでいます。

ほかにも

 

お黙りもの

 

というと、とりあえず黙らせるためのお菓子を指します。

 

いざというときのために常時お黙り菓子を用意しているつもりが

おなかがすいた家内は自分で食べてしまい

いざというときに無くてときどき困っているようです。

2007年5月 2日 (水)

子守唄

ホンマノオトさんも記事にとりあげてらした教育再生会議が提唱してる「親学」、

11項目を見ると、そこまで介入するかという、コモンセンスの崩壊を象徴しているような違和感を感じるものもいっぱいあります。(ホンマノオト:教育再生会議の新提言「親学」 より)

その11項目目の1番目について、あんまり役に立たないことをずらずら書きます。

---

親学によるとまずは子守唄。

ねーんねーん、ころりーよ

この子守唄って短調なのでちょっとかなしげ。

子供が小さいころ寝かしつけるときに歌ったことがあるが

すぐに唄が終わってしまう。

北原白秋のゆりかごのうたなどはそこそこ長く歌える。

でも最近は長男はなかなか寝ないことも多くなってこれではだけではたりない。

で、自分(親である私)の好きな歌を歌うことにした。

歌謡曲やら英語の歌やら。

歌詞がついているものメロディだけのもの。

で、最近落ち着いたのが3曲。

これを歌えば大体ねちゃう。

G線上のアリア

マーラーの5番

アベマリア

こうやってみるとかなりヘンなことをやっていることに気がついた。

恥ずかしい

バッハはいいとしてマーラー?

どうしてマーラーかっていうと長男の性格となんとなく愛称が良いような気がしたもので。

最初はサワリしか歌えなかったが

どうせなら全部そらで歌えるようにしてみようと少しずつやっていき

1ヶ月ぐらいで通してメロディを追えるようになった。

子守唄というより自分の趣味ですねこれ。

 

もっとヘンな唄を子守唄にしてますという方がいらしたら

どうぞトラックバックで教えてください。

2007年5月 1日 (火)

灘高LEGO部

小学5年のお子さんが灘にいきたいと意志表明して驚くお母さんのブログです。

piyota10歳小学5年生。
中学受験の文字が現実味を帯び始めた今日この頃。(遅っ!!)
「あのね~、piyoくん『なだちゅう』行きたい♪」とpiyota。
(『なだちゅう』?何の話???…σ(-"-))
「もしかして…学校のこと?…『灘中』?」
「そう。そう。」
「ええっ!!あの学校すっごく・すっごく・す~っごく難しいよ~!」
piyoかぁ びより♪:受験戦争勃発!?☆2007年piyota10歳 より)

もう少し細かくいうとpiyotaくんは灘の「LEGO部」を目指していたようなのですが、上記ブログ記事を見ると灘高を卒業して東大にはいっちゃったお兄さんというひとが出てきます。

そのお兄さんと思われるひとのサイトを探してみました。

純レゴ

巨大な戦艦やドデカドラエもんをレゴで作ってる・・・

そして

東大レゴ部

安田講堂をレゴ化・・・。

いいなーこの局所深堀趣味。

この東大レゴ部くんのつきぬけ方もいいのですが、先のpiyotaくんも

「じゃあ、がんばって『東大』行ったら?」とからかってみる。
「piyoくんは『デンマーク王立芸術アカデミー』に行って『LEGO社』でレゴビルダーになるから無理!」と大まじめに答えた。(piyoかぁ びより♪:受験戦争勃発!?☆2007年piyota10歳 より)

世界レベルで進学を計画するスケールは東大レゴ部くんのつきぬけ方に負けてません。

うちもレゴもっと買おう。

2007年4月30日 (月)

平然と車内で化粧する脳

昨夜の電車で目の前に立った女性がまつげに黒い色を塗りはじめました。

けっこう揺れるんですがなかなかの集中力。

そういえば今朝も目の前に座っていた女性がコンパクトを開けて目にラインをひいてました。

電車の居住空間化。

化粧とはちょっと違うかもしれませんが今朝の電車ではシェーバーでひげそっている男性もいました。

日本人の娘さんが電車やバスでおおっぴらに化粧道具を出して、人目をはばからず顔に塗りたくる姿が見られ始めたのは、ここ10年ぐらいのことでしょう。上の本によると、それは、日本人が「ネオテニー」であることに関係するのだそうです。(<校長日記;嗚呼大倉山五十年>;東横学園大倉山高等学校:授業「平然と車内で化粧する脳」 & カンボジア募金 より)

日本人はサンショウウオにおけるウーパールーパーのように幼体化したのだという話です。

が、僕はむしろ、家で平然とおならをするお父さんみたいなものではないかと思うんですが。

幼体化したというよりオヤジ化してる。

2007年4月29日 (日)

重松清と届いた落し物

「書店に入ってすっと目に入ってくる本を買うべし」

本の選び方についての誰かのコラムにそんなことが書いてあった覚えがあります。

 

重松清さんの

「流星ワゴン」

 

書店で目に入ってきた本でした。

パラパラとめくってみたのですが、文体が生生しそうなので敬遠。

 

それに内容が・・・コワい。

 

でも「高学年の時に読ませたい本」の回答で重松さんの本に関するコメントが

ホンマノオトさんの記事にも四角マル夫さんの記事にも。

んー。

なくしたものが見付かったので取りに来てと警察から電話を受けたような気分。

 

個人的には、梨木香歩さんの「裏庭」とか「西の魔女・・・」のような

インテリア雑誌の写真みたいな話が好きなんですが。

この際読んでみたいと思います。重松さんの本。

2007年4月28日 (土)

お勉強系DSゲーム

電車でDSやってる女性が増えたような気がします。

昨日も電車で後ろに立ってたおんなのひとが逆転裁判というゲームをやってました。

これまでゲームといえば若い男性向けのものが主流でしたが

脳トレあたりからライトユーザーへ間口が拡がったようですね。

脳トレというよりはDSのおかげでしょうか。

 

そんなDS、ソフトもゲームから間口が拡がってお勉強系も多いですが

最近目に留まったのがこれ。

山川出版社 詳説世界史・日本史 総合トレーニング

高校生向けですが、なつかし・・・

 

小学生向けだと

DS陰山メソッド電脳反復 正しい漢字 かきとりくん

最近の漢字ブームを反映してのリリースですね。

 

それから、中学入試問題を激しくエンタメにしてしまったテレビ番組のDS

平成教育委員会DS

 

いろいろおもしろそうなのありますが、

ウチでは家内がゲーム嫌いなのでまだゲーム鎖国が続いています・・・。

2007年4月27日 (金)

もったいないおばけ

ウチでは勿体ないことを子供がすると「もったいないおばけ」が

行儀の悪いことをすると「おギョウギわるいおばけ」が

でることになってます。

 

そんななか、もったいな学会というのがあることを知りました。

石油資源の生産量が伸びなくなり、需要に追いつかなくなる現象を石油ピークと言います。 石油ピークは石油枯渇とは異なり、まだ石油があるのに起きる現象です。
石油ピークが起きると、過去にもオイルショックがありましたが、需要と供給のバランスが崩れ、社会生活に大きな影響を与えます。

もったいない学会は2006年8月に
①エネルギーの価値そのものを理解し、石油ピークを正確に啓蒙すること。
②石油ピークが起きた後の社会生活について、皆で考えその考えを拡げていくことを目的として設立されました。

もったいない学会:声明文 より)

東京大学名誉教授の石井吉さんが中心となりNPO申請している組織だそうです。

 

おかげでこれまでバクとしていた、もったいないおばけのイメージがわいてきました。

2007年4月26日 (木)

おでんくん

ウチでは教育のためというより家内と私の好みとして地上波放送を見てません。なんだかウチがうるさくなるのがイヤなので。テレビはDVD再生専用装置です。たまにお店や施設でテレビがついてたりするのをみかけると、物珍しくてつい見入ってしまいます。

 

DVDの中では、最近の人気は「おでんくん」。

 

おでんくんはこの間の冬の京都旅行で夜にテレビで家内と観たのがきっかけでした。どことなく哲学めいたところがあるのが楽しいです。

本モノ)「でたな、にせもの」
偽モノ)「なんどいったら分かるんだい?僕は本物のニセおでんくんだよ」
本モノ)「なんど聞いてもわからない・・・」

他にも、ポテトチップスの木は、葉のところに芋が生えてて根にポテチが生えてるとか。

 

おでんそのものをそれほど美味しいとは思わないのですがおでんは大好きです。どうしてかなと前から思ってたのですが、おでん屋台まで含めたおでん世界が好きなのだということをおでんくんを観て気付きました。

そういえばなぜか小学生のころ駅前で見たおでん屋台のフタが妙にリアルに思い出されます。おでんはおでんそのもの以外を多く抱えてたものです。個人的に。

セブンイレブンのおでんとはちょっと違う。

2007年4月25日 (水)

子供に見せたくないテレビ番組

中学受験に関するブログで「子供に見せたくないテレビ番組」という扱いでクレヨンしんちゃんについて書かれているのを見かけました。

他にどんな番組が「子供に見せたくないテレビ番組」なのかについて検索して調べようとしたのですが、2005年以降のデーターがうまく見付かりません。

以前はPTAがアンケートを実施/公表していたようなのですが、2005年以降はアンケート調査をやっていないのかも。

そういえば子供がテレビ視聴に費やす時間が減っているといった記事を日本のコンテンツビジネス関係(アニメーション制作)でも読んだことがあります。

地上波テレビ番組そのもののインパクトが私の子供時代とはだいぶ薄れているんでしょうね。

私の子供のころは「8時だよ!全員集合」が問題!とPTAが騒いでいたのが印象的だったのですが。

そうそう、クレヨンしんちゃんの映画のほうは、家族想いで感動的というブログ記事多いです。

2007年4月24日 (火)

りさりさマンガン♪

前から面白いサイトあるなあと思ってチェックしてたのですが今回のこの歌で急遽、自分内ランキング急上昇。

これまで替え歌の曲がうまく想像できず、?・・という感想どまりだったのですが今回の歌はすぐに頭の中で曲が再生されました。

元歌の歌詞の中に「リ サッサ マン ガン」という歌詞がありますが、この部分が「二酸化マンガン」と聞こえますので言葉を置き換えて語呂を合わせました。(替え歌で覚える中学受験理科:気体の発生の覚え方(1) より)

この強引さ。

タモリの空耳アワーと同じで、元ネタとの乖離しているほど面白いです。

2007年4月23日 (月)

12歳の文学

でももっとおもしろいのは12歳の子どもたちの小説ですね。彼らの世界ギリギリで表現しているから、新鮮です。12歳なりの生と死への関心なんかあって、世界を見る・壊す・創る視線の動きに、感動してしまいます。(ホンマノオト:高学年の時に読ませたい本(1) より)

幼稚園の子供が描く絵というのは面白いのでやっぱりなあと感心してしまうのですが、それは幼児期ならではの面白さというものだとおもいます。多くの場合大人になるにつれて失われてしまうという。絵ではそんな特有の面白さが一番でるのが幼稚園ごろ?ぽろりとでるセリフとしての詩もこの幼年期ではないかと思います。それが小説となると中学生ころに一つの山があるのかも。ちょっと読んでみたいと思います

2007年4月22日 (日)

トトロ絵本

となりのトトロのたぐいは家内の趣味に合わないということで家に無かったんですが

この間図書館で借りてきた本の中に混ざってまして。

ちょっと読んで聞かせたらそれ以来ちょっとしたトトロブーム。

「今日は何読む?」と尋ねると、ほとんどいつもトトロの本を持ってきます。

 

背景なかなかきれいなんですよね。

日本の田舎の緑や、暮れゆく空の色とか。

アニメーションを切り出して本にしている絵本ってこれまであまり読んだ

ことが無かったのですがなかなか新鮮です。

 

今度はアルプスの少女ハイジの絵本を借りてみようと思います。

2007年4月21日 (土)

<回答>高学年で読ませたい本

○高学年で読ませたい本について

思いつくままに挙げてみた結果はこうです。

モモ

はてしない物語

トムソーヤの冒険

ハックルベリーフィンの冒険

あしながおじさん

スラムダンク

バッテリー

でも理想としては高学年になったら自分で読む本を選ぶようになってほしいなと思います。

 

○高学年になったら親がすすめる本はかえって敬遠するぐらいでもいい

IT系の会社に勤めているせいか、アニメに通じている人が同僚に多いです。

少年向け小説をアニメ化した作品を激賞するひとなどがいます。

「涼宮ハルヒの憂鬱」

とか。

読んでみると世界の認識のありかたがちょっと村上春樹の世界の終りっぽい。

これが今の時代の雰囲気というものなのだろうなとも思います。

私の少年時代は高度経済成長期にありましたが、また別な色がありました。

上記の本は高学年で読ませたい本というのではありません。

けれどその時代の本というのに子供は敏感に反応するのだろうなとおもうのです。

勝手にそうした時代に影響されるものであってそのなかから本当によいものを

自分で選んでゆくのだろうと思います。

逆に高学年になったら親が薦める本は読まない

それぐらいのこだわりの強い子供であったらそれはそれでいいと思います。

 

○私は親がすすめた本は読まなかったような

すいませんだらだら書きます。

 

パールバックの「大地」

「森は生きている」

その他、何気ナーく家の本だなに置いてあるようにも見える岩波少年文庫たち。

読んでません・・・。

せっかく薦めてくれたのに。

 

○大人になってから読んで「あー子供のころに読みたかったな」と思った本

そんな親のススメの中には読んでおけばよかった本は確かにあった気がします。

前にも書いたかもしれませんが

「はてしない物語」

「モモ」

はてしない物語ってはてしないというぐらいだからものすごく長い本なんだろうと思って敬遠してたような記憶もあります。

これらの本は大人も読める子供向けの本というよりは子供も読める大人向けの本かもしれませんが。

そういえば「はてしない」は家にあったけど読まなかった類の本です。

やはりもったいないなあ。

 

○(たぶん)高学年のころ面白がった本

どんな本を面白がっていたのだろうと思い返してみると、

「ハックルベリーフィンの冒険」

「トムソーヤの冒険」を読んで面白かったので本屋を探してあるいた覚えがあります。

それから、

怪人二十面相などの「少年探偵団シリーズ」

江戸川乱歩的な暗がりというのが高度経済成長期の日本にはあったような気がするのです。

僕の個人的な思い込みにすぎないかもしれませんが。

ポプラ社の少年探偵団シリーズは50巻ぐらいあったのではないかと思います。

一冊480円。月に1回買っていいということになっていました。

しかし、通信簿に「本の趣味に偏りがあるのではないか」と書かれてしまい・・・。

少年探偵団のストーリーはいつも同じ構造なんです。

でもテレビの水戸黄門みたいに面白がってました。

ただ、40巻ごろからストーリーがパタン化されていないものがでてきたとおもいきや

子供向けでないもののまざりだしてかなりオドロオドロしかったです。

 

○この間、たまたま読み返しておもしろかった本

「あしながおじさん」って結局だれだったんだっけ?

と数ヶ月前に思い出せず、気になっていたので、

この間子供と図書館に行ったときにさっと読み返してみたんですが

その時間、すっかり少女マンガ的世界に入り込んでしまいました。

 

○子供のころ読んでいたマンガ

マンガといえば、

「マカロニほうれん荘」

「ブラックジャック」

・・・すいません。

こんなマンガのことなど書いちゃダメそうなんですが

でもまあ子供も高学年になれば勝手にマンガぐらい読むと思うんです。

どうせなら質の良いマンガをはじめに体験させてやりたいとおもいます。

上記2冊を高学年で読ませたいかというとそうでもないです。

読ませたいのは

「スラムダンク」

本や授業の中では学べない大事なことを部活で学ぶことができるということが書かれた本(?)です。

本や授業の中で学ぶことは学習のコンテンツの部分であって

学習のスキーム、つまりどのように自分のモチベーションを作ってゆくとか

日々成長させてゆくとか、ビジョンをつくってゆくとかいったことというのは

部活のようなところで実践的に身につけてのもアリだなと思わせてくれます。

会社の経営者が考える人材育成にも通じるところがあると思います。

 

○最近の本で面白いもの

「バッテリー」

これでしょう。

これもスポーツ部活ものですね。

 

○くだらないけどおもしろかった本

父に町の本屋につれてってもらってなんでもいいから好きなの買っていいよといわれたので選んだ本というのがありました。

 

「しらないとソン500」

車に酔ったときにはおへそにうめぼしを塗ればいいとか、

しゃっくりがとまらないときはラーメンの器のそこに水を張って箸を渡した向こうがわから飲めばとまるとか

得なのかソンなのかよくわからない知恵がたくさんかかれてました。

 

「もしもの世界」

もしも脳みそが溶ける病気があったら(恐ろしげな挿絵つき)とか。

こども向けパルプフィクションですね。

 

何でも買っていいといったが父だが「なんだこれは」という反応をした後に

『これも買え』

といって

「天才のひみつ(偉人の伝記100人)」

を無理やりかわされました。

 

3冊とも何度も読んだと思います。

これいいよとすすめられた本は読まなかったくせに。

親がススめてくれた本をまったく読まなかったわけでもなかったのだなと思い出しました。

良く考えてみたら父に直接買ってもらったのがこの3冊でした。

 

電車で一駅いったところにあるその本屋の近くに格安の散髪屋があって

そこへ髪を切りに行ったついでに本屋にも行ったのではないかと思います。

 

父と一緒ではなく一人でその本屋に行ったときに

エレベーターに指を巻き込まれて、周りの大人たちが助けれくれたのが

なぜか思い出されます。

 

2007年4月20日 (金)

ええじゃないか踊り

最近メディアに良く出てる佐藤優さん、初めて外国訪問するときにはその国について書かれた中学/高校の参考書で予習するとか。佐藤さんにまけない過去問パパ。日本史のポイントをブログに掲載していらっしゃって、今は幕末です。

ええじゃないか(1867) 幕府の政治に苦しめられた民衆が「世直し」をさけび、一揆や打ちこわしを行った。1867年には神仏の御札が空から降ってきたといって「ええじゃないか」と踊りくるった (パパの過去問はつらいよ~中学受験編:幕末2 より)

『「ええじゃないか」と踊りくるった』

クーデターとしての祭り。

日本以外でもおなじようなことっておきたことあるんでしょうか。

ドラえもんがいたら一度たのんでみたいのが過去に遡ってのええじゃないか参加です。

伊藤博文 高杉晋作などと同じく、長州藩の下級武士でした。若い頃の呼び名は俊輔(パパの過去問はつらいよ~中学受験編:幕末2 より)

伊藤博文の若い頃の呼び名は俊輔。トリビアですがこれもおもしろいなあ・・。

2007年4月19日 (木)

塾通いはカワイソウか

中学受験お母さんのブログでこんな記事をみつけました。

中学受験のため、勉強したり、
夜遅く、塾通いをする子どもを、
カワイソウと言う人もいます。

では、そうでない子どもは、
カワイソウではないのでしょうか。

コンビニの前に座って、
お互い一言も口をきかず、
ゲームしている小学生、
あれは、カワイソウでないのでしょうか?

家で、ダラダラとTVを見たり、ダラダラとゲームをして、
時間が来れば寝る、
そんな生活はどうなのでしょう?

中学受験 がんばってます:お返事にかえて より)

目的のあるセーカツというのは張りがあっていいですよね。

逆に目的の無い日々は人は老いさせます。

目的に向かっているひとには声援が送られますが

どこに向かっているのか良く分からないひとを応援するのはちょっと難しい。

朝からTVで大騒ぎのある野球選手。
(投手でなく対戦相手の方)
その選手の伝記を読んだことがありますが、
小学校時代のスケジュールはかなりのものです。

学校から帰宅し、3時間、野球の練習。
その後、塾で勉強。
食事をした後、また、バッティングセンターで2時間の練習。
その後、学校の宿題などをして就寝。

こんな感じです。

こんな生活はカワイソウなのでしょうか・・・

たぶんそうではない。

伝記の中で、お父上は、

野球は彼にとって、
目的をもった『遊び』であった。
決して、強制的な訓練ではなかった。

と、おっしゃっています。

中学受験 がんばってます:お返事にかえて より)

日々、自分の上限をちょっと押し上げるのが面白い

というサイクルが回りはじめるとと、

訓練と遊びの境目がなくなっていくのでしょうね。

 

そういえば。

野球選手というと、ウチの近所に

「野球の新庄の幼ななじみだった」

というお母さんがいます。

 

「私あんまり自慢するようなことって持っていないだけど

一つ自慢できることがあるとすれば

あの新庄に野球を教えたのはワタシなの」

 

幼児期にボールを投げてやったというのではなく

小・中と一緒に野球をやってたというのです。

 

そのお母さんスポーツ系さわやかさんなんですよ。

まだ早い時間に小学校へゆく娘さんを道まででて見送ってから

さっさっとスポーツセンターに行ってしまう。

我が家では家内はまだモゴモゴ目覚め始めているような時間にです。

 

新庄選手というと、派手で明るいCMのイメージがあるせいか

あんまりストイックな訓練生活を送ってきたのではなさそうな気がしますが。

新庄選手は小・中学校の頃はどんな練習生活を送っていたのか。

 

ネットで検索してみたら新庄選手のお父さんのブログを見つけたのですが

ながなが書いてあってあまり見きれてません。

 

こんど近所のそのお母さんに聞いてみようと思います。

新庄選手がどのように野球と付き合っていたのか。

 

やっぱり、他人がみたらハードすぎる訓練としか思えないことを

喜んでやってたんじゃないかと思うのですが、どのようにその形が

育っていったかを聞いてみたいところです。

 

たぶんなんらか触媒のようなもの、なにかが回り始めるきっかけのようなもの

があったのではないかと思うのですが。

 

それともそういうのは自伝でも読まなきゃダメかな?

2007年4月18日 (水)

後ろ姿を見て育つ

中高一貫校に楽しそうに通う兄を見て、

「試験受けてみようかな。」と言い出しました。

さっそく息子が中学受験のときにお世話になった塾に電話して、

今日もどっこいしょ:娘の塾グッズ より)

 

子は親の後姿を見て育つといいますが、

妹は兄の後ろ姿を見て育つんですね。

私も小学生や中学生のころ、兄の後ろ姿を見てたような覚えがあります。

競争心からか

 

「正反対をやる」

 

というパタンもあるのかもしれませんが、やっぱり楽しそうにしてると

 

「いいなー (わたしも・・・・/ぼくも・・・・)」

 

とおもうものですよね。

 

小学校の放送クラブでてきぱきとミスなく段取りよくこなす兄

・・・に比べて私はどうも忘れっぽくて

よく顧問の先生に呆れられてました。

そういう意味では

算数得意だった兄のイメージを持っていた先生も苦笑い。

今日もどっこいしょ:娘の塾グッズ より)

にちょっと共感。

 

私の兄は図工も上手で、図工教室のガラス展示ケースには

兄の作ったキリンの像かなにかが飾ってあったりしてたのですが

 

私はといえば、彫刻刀で自分の指を

ザクッ

とやってみたりして。

 

生徒を厳しく叱り飛ばすので有名なO先生が

そのときは怒りもせず、僕のほうがびっくりしてました。

 

たぶん血をどばどばと出しすぎてたんだとおもいます。

 

いまでも右の中指はその傷跡が残ってます。

 

びっくりしたろうな・・・図画工作のO先生。

 

いまさらですがごめんなさい。

2007年4月17日 (火)

パンダマトリョーシカ

パンダマトリョーシカがかわいいと人気だとか。

 

マトリョーシカ。

もとは箱根の入れ子人形だったらしい。

それをロシアのひとが持ち帰ってカスタマイズ。

パリの万博で銅賞を取って世界に広まった。

北欧では日本人むけに日本語の値札もでているらしい。

そのときは1個2個ではなく、1子2子という値札になっているという。

(すいません、日本語間違えてる店もあるだけです)

 

マトショーシカは、モンテッソーリ教育的にもOKなのか子供の幼稚園にもあった気がする。

自分としてもだいぶ面白かった覚えがあるし、娘も面白がって遊んでいるのを見た。

 

なんでマトショーシカっておもしろいのだろう?

入れ子という構造がたまねぎみたいで面白いからだろうか。

 

プログラミング言語に関する論文で「入れ子構造のねじれ」などという言い回しがあるようだ。 

マトショーシカであそんでいると将来美しいコーディングをするセンスが身につくのだろうか。

2007年4月16日 (月)

周辺マンション価格を押し上げる小学校

だいぶ前に読んで、ブログにも書きたいなと思ってた京都の小学校。テレビでも報道されていたそうなのでご存知の方も多いと思いますが。

単に体験することが授業の目的ではない。御所南小学校の西孝一郎教頭は授業の狙いを次のように語る。「私たちが最も重視して、伸ばそうとしているのは“考える力”です。この学校には、様々なその道のプロや達人がやって来て、いろいろな素材を与えてくれる。子供たちはそれらに接する体験を通して、なぜこの人はこんな技を持っているのか、どんな思いで仕事をしているのかなどについて考え、考えたことを表現する。その際に私たちは考える方法や指針を与えて、自ら考えることを後押しするのです。考える力が身につくのに伴い、学力も自然と伸びていきます」(ゆとり教育で学力が向上した~逆風を追い風に変えた京都の教育改革:イノベーションで切り拓く新市場:日経ビジネス オンライン より)

コミュニティ創造科という教科もあるようなので自分の仕事的にも興味をもって調べていたら、子供を通わせている小学校のお母さんの生声もみつけました。

ちょいと心にヒッカカリをかんじるのは、。御所南小を誤解しているお母さんが多い。すごい教育熱心な進学校で、ここへ入れておけば安心っ!てな印象を持ってらっしゃるような気が・・。

ごく普通の市公立小学校だと思うんだけどなー。

ただただ感じるのは、お父さん&お母さん、地域の住民の方々、地域の各種諸団体の方々、ヒジョーに熱心に地元の学校に尽力してらっしゃる、と思います。(今日も日曜だというのに、少年補導委員の方々に遠足へ連れてもらったし・・・)。言い換えれば、コドモが入学するってことは、親自身とか地域住民としてが学校運営に参画するってことかも。

御所南小学校通学日誌 より)

親や地域住民の「参画」がポイントのようですね。参加ではなく、参画。いいなと思った学校に放り込むのではなく、親が一緒になってやる。しんどいけれど実りも多そう。

僕が子供のころはPTAと学校側が対立するのが普通だったように思います。PTAが学校側の教育を、学校側が親の教育を非難する構図。それが、今では子供が地域社会のかすがいになる絵が生まれてるんですね。

2007年4月15日 (日)

中高生からのキャリア教育

昨日の記事でも書いたように、リベラルアーツとビジネス雑談力に関するコラムにて、「田園調布雙葉の小林先生」のキーワードを見つけ、しらべてみたらこんなサイトに行き当たりました。

2011年の「ありたい自分」を表現する/田園調布雙葉中学高等学校

 

小林先生、保険関係のサイトにも登場されてます。

幸せになろうプロジェクト-2013年、26歳のありたい自分を表現しよう

「40過ぎたらもう自分の弱点は治らないと考えたほうがいい」にちょっとヘコむ。

最近あしたのジョーの丹下団平的な気持ちになることが多い。

 

最近流行ってた本「何故若者は3年で辞めるか」的な雇用環境変化の時代においてはこんな風に自分の働き方をデザインする姿勢を早めに学習しておくのもいいのでしょうね。

2007年4月14日 (土)

リベラル・アーツ、雑談力

ホンマノオトさんからトラックバック頂いた記事にて「リベラル・アーツ」なるものに遭遇。

マーシャルアーツとは違うようだなどと思いつつウィキベディアで調べてみると

「非奴隷人たる自由人としての教養」

らしい。

 

少し検索すると興味深いタイトルを見つけた。

「リベラルアーツへの道 ~ビジネス雑談力に自信がありますか?」

私がここ15年間、面接官を務めるMBAスクール INSEAD(インシアッド)の応募者評定表には、面白い項目が2つある。一つは「貴方(面接官のこと)は、この応募者を自分の同僚として採用しますか?」もう一つは「飛行機の出発が遅れて待合室で3時間待ち。貴方はこの応募者と楽しく過ごせると思いますか?」(「リベラルアーツへの道  ~ビジネス雑談力に自信ありますか?」より)

個人で1000万PVもある強力なサイトを作ってきたひとが

「どんなひととでもとりあえず合わせられる」

とコラムに書いてあったことなど思い出す。

この人は信用できるのか、自分の存在を預けることが出来るのか、そういうことをヒトは雑談の中からこそ感じ取っていく。「雑談」とは、そんな真剣勝負の場でも、ある。

ただの雑談のように見えて実は真剣勝負。

ハードボイルドだなあ。

教養の実用性はこんなところにもあるのかもしれない。

 

 

でも、もっとも興味を惹かれたのは記事の末尾のこれ↓

(注1)田園調布雙葉学園 小林潤一郎教諭の資料より

2007年4月13日 (金)

手芸クラブをつくる

最近家内が近所のお母さんと一緒に手芸クラブを始めた。家の電話の上の棚に「手芸クラブ」と書かれたクリアファイルが置かれている。

最近流行っている、再利用品を素材にかごを作ったりするエコクラフトのようなものではなく、地味に昔ながらのフツウの手芸をはじめるという。

 

ところがファイルを作っただけでいっこうに始まらない。

 

もう半月は経つんじゃないか?

 

続くのかなあ?と思うまえに始まらない。

 

・・・・なんだ?いったい?

 

ファイルを作ってとりあえず一段落。

家内の子供のころの宿題攻略方法が容易に想像される。

買ったら読んだ気になっていっこうに読まない本みたいなもんかな。

そう考えれば自分的に納得。

   

子供が受験を控えたお母さんなら、子供のイスにつける座布団などを作ったりするのだろうなあ。手作りお守りはプレッシャーを心配して控えそう。

2007年4月12日 (木)

パスモでぴよぴよ

パスモではこれまでスイカにもなかった子ども用(記名型のみ)も発売されていると知った。

子供がパスモで改札を通ると「ぴよぴよ」と鳥のような音がして子供用ランプが光るという。

子供が一斉に通るとピヨピヨピヨピヨとなかなかにぎやかなんだろうなあ。

パスモの延長で子供居所通知サービスも提供されるらしい。

小田急では4月1日から、沿線の私立小学校や塾などに定期で通う子供を対象とした「小田急あんしんグーパス」をスタートする。子供が定期券で小田急の駅の自動改札機を通過すると、定期の区間内であれば、「太郎くんは、○○駅に入場しました」などのメールで、入出場した駅名と通過時刻を保護者に送信する。保護者は自宅や職場、外出先で子供の安否を確認すると同時に、メールの有無などにより異常に早く気づくことができる。(フジサンケイビジネスアイより)

改札を通ったことだけでなく塾に到着したことまで通知するようにシステムを拡張中とのこと。

いたずらな子供は友達とつるんで身代わりの術を使いそう。そんなITを駆使したあたらしいたくましさを子供たちは身につけていくのだろう。

そうそう、

 

改札の中にはコトリが入ってるんだよと子供に説明するとちょっと受けるみたいです。

2007年4月11日 (水)

お風呂のスイッチを押して息子の帰りを待つ

お風呂のスイッチを押して、息子の帰りを待つ。(「中学受験おたく」になってやる!そう宣言して息子と一緒に中学受験に挑む父のつぶやき:今日から授業再開 より)

このあいだ、日本公共公告機構の広告でボクシングのリングの中で勉強する子供にリングサイドから両親が応援しているという写真をみた。親の過度の受験熱を冷静に見て欲しいというどちらかというと問題提起的な内容だった。

一方で、中学受験はF1のようなものだという親が書いたブログ記事を見たことがある。子供がレーサーで両親はピットクルーという比喩で、こちらは親子で共通の目標に向かって努力するという体験を価値と考える肯定的な内容だった。

ボクシングにせよF1にせよ中学受験にせよ、難しい戦いで勝利をつかむためには良いチームを作る必要があるみたいだ。仲良しクラブではなく、キビシイくも中身がつまった関係のチームを。ボクシングのコーチと選手がまたピットクルーとレーサーが、対立や理解を交して様々な壁を乗り越えていくみたいに中学受験の子供と親もいろんな壁を越えてゆくのだろうと思う。

この「中学受験おたく!」のブログの親子もたぶんチームを作ってしのぎを削っている。お風呂のスイッチを押して息子の帰りを待つという父を息子はどんな風に迎えるのだろう。お風呂のスイッチを入れる父の姿を見ていなくても記録を通して後から父の姿を見ることはできる。息子にとってその父の後ろ姿はどのように映るのだろうか。

そういえば、あしたのジョーに出てくる丹下ダンペイは、まるで実の子供のようにジョーをかいがいしく世話をしてたなあ。

僕の父は僕の受験の最中でも仕事から帰ってきたらラジオやテレビでニュースや野球中継をガンガンと大きな音で聞くひとだった。音を小さくしてほしいといったら「集中していない!」とどやされた覚えがある。ちっとひどいんじゃないかと思う一方で、それにあの父ならまあしょうがないかと思う。あの父が僕のためにお風呂のスイッチをいれたりするなんて想像がつかない。

ただ、そのちょっとひどいんじゃないかとも思える父のおかげで僕は周囲が多少うるさくても比較的集中できるようになったのかもしれない。お風呂のスイッチを押して息子を待ってくれたことを感謝するということができない僕はせめてそんな風に思ってみたりする。

2007年4月 9日 (月)

初だるみ

先週の朝の通勤電車は寝てる人が多かった気がします。特に曇っててなんだかぽわんとあったかくてという朝は座席に座っているひとだけなく、立ったまま寝てるひとも。つり革につかまったりドアにもたれたりして寝てたり。

春だなあ。

という季節のせいもあるのでしょうが、中学受験を終えたばかりの子供には「初だるみ」というものがあることを知りました。

中高一貫6年の間で、中学3年くらいになると、中だるみが生じて学業が振るわなくなる生徒がままいます。これに対して、中学受験で燃え尽きて、初めての中間、期末試験で平均以下をとってしまう生徒がいますが、これを「初だるみ」というそうです。(中学受験はキビシイ!:初だるみ より)

春になると金曜日の夜はアベックを中心にしてかなり生き生きキラキラしている一方で朝はホゲーっとしているひとも多い。

春というのはなかなか複雑な季節ですね。

2007年4月 5日 (木)

<回答>低学年で読ませたい本

「この本面白い。本を読み進めるのがもったいない。」

はやくそんな体験をさせてやりたいなと思います。

ですが、低学年というとまだ読み聞かせもアリの年代のはず。

あともうしばらくすれば自分ひとりで読書にふけるようになってしまうでしょうからそれまでは目イッパイ子供と一緒に楽しみたいと思います。

そのとき子供が楽しめるような本というのはもちろんですが親としても楽しめるような本を読ませたいです。
 
今のところ子供が読んで読んでとねだるような本は親が読んでも面白いことが多いのではないかと思います。

 

で、それはどんな本かというと

1、子供の世界、ファンタジーの世界の話

2、日本語として面白いもの、絵として面白いもの

3、胸に響くもの

このぐらいがポイントかと思います。

 

1、ファンタジーの世界の話

ミヒャエル・エンデ的なファンタジーのススメに倣ったものです。モモ的にいえば時間泥棒のオトナ世界に入ってくる前にしっかり子供の世界に浸っておいてほしいという想いによります。数年前はじめて「はてしない物語」を新幹線の車内で通読しその考えを深くしました。(子供の頃に読んでおきたかったなあ。)

具体的なファンタジー本というと、定番はグリム童話もの。

ヘンゼルとグレーテル、白雪姫、灰かぶり、おおかみと7匹のこやぎ、ブレーメンの音楽隊、ラプンツウェル、金のがちょう、おいしいおかゆ、としより犬ズルタン

グリムは数が多いので低学年中に全部かかってもまだ余るぐらいなはすです。

大人の目からすると残酷な描写も多いですがそこはファンタジーの世界の話なのでかまわないと思います。

長新太さんのへんてこ系の絵本も良いです

 

2、日本語として面白いもの、絵として面白いもの

たとえば落語本。

じゅげむとかまんじゅうこわいとか。

ラップを生んだ英語に比べ日本語はリズムがイマイチだなと思っていたのですが

落語の本をなぞってみると日本語にも面白いリズムがあるなと思うようになりました。

意味を出すストーリー上のリズムと音としての言葉のリズムのからまったあたりは、対象として意識しにくい思考のフレームに関わる箇所、根っこのような部分だと思うので、子供のころに良いものを十分味わっておくべきだと思います。

俳句・川柳・ことわざ・宮沢賢治もこの類ですね。

 

絵が面白いものについていえば、子供の頃に見た絵本の挿絵が自分の原風景の一部になっているようなところがあるような気がするのでこれも大事にしたいです。

三びきのやぎのがらがらどん、じごくのそうべえ

などは迫力があっていいと思います。個人差がありそうですが幼稚園生の子供にはちょっと怖がり気味なので、小学校低学年ぐらいが適切かもしれません。

僕の妻はバーバラ・クーニーの「空がレースにみえるとき」が好きらしく、昨日話をしたら実はこんなの持っているのと原書を引っ張りだしてきました。自分の人生を生きるにはちょっとぐらいヘンな人でもいいのだという突き抜けた姿勢が面白いですが、少々奥行きが深すぎるかもしれません。私って変人かもと思うようなお母さんが娘さんに勧めたりするととても納得されそうです。無難なのは全米図書賞を取ってる「ルピナスさん」あたりでしょうか。

 

3、胸をうつもの

新見南吉もの、マッチ売りの少女、かさじぞう

外国の翻訳ものは、訳によって胸にくるものもあればそうでないものもあります。ストーリーが同じでも言葉が違うと胸への届き方が違うのでよいものを選びたいところです。

胸をうちものばかりだとふさいでしまうので、笑い話もたくさんあって、その中にしずくのように胸をうつものもたまにあると良いのではないかと思います。

・・・

そうそう

おほろくの川だいこ

も激しく胸打ちです。ドン。

とまあまただらだらと書いてしまいました。

---

ちょっと脱線ですが、図書館で絵本を借りるときにいい本に当たるための自分なりのコツを一つご紹介します。

それは2冊以上同じものが蔵書されているものを選ぶこと。

図書館員の方が良いと考える本、人気本、推薦本は複数用意されていると思うので当たり率が高いと思います。

2007年4月 2日 (月)

始めてもう3ヶ月もたったのか

AKOママさんの記事みて改めて気がついたのですが、

このブログ始めてもう3ヶ月たったんですね。

 

いつのまにかもう春なんだ。

今日は4月の第1営業日。

通勤電車でどこかの銀行の寮から一斉に出社する

新入行員さんご一行さまに遭遇しました。

俺たちいっしょ感がなんともウイウイしく。

  

会社で新しく合う新入社員の中には

この3月末で、いままで過ごした場所と

別れてきた人も多いんでしょうね。

最近ホンマノオトさんが受験を旅に

重ねてコメントされてましたが

ホントに長い目でみれば

人生全体が旅みたいなものですね。

 

桜の春は出会いと別れの季節。

AKOさんお疲れ様でした。そして

新メンバーマチコさんよろしくお願いします。

継続のPecoさん、四角マル男さん、

ホンマノオトさん、そしてなんといっても

ご覧頂いている読者のみなさま

これからもどうぞよろしく。

ご一緒になにかタメになるような場に

していきたいと思いつつ・・・

あんまり役にたたなかったらすみません。

 

2007年3月28日 (水)

先生の話を聞かない太郎君

立教新座中学校の算数の入試問題 に出てくる太郎君、

授業に集中してない。

太郎君は授業中、教科書をみると、ページの数字の囲まれている部分を無意識のうちにぬりつぶしていることに気がつきました。

先生の話もうわのそらで、自分で問題を作り出して自分で解いてしまう。

「数字の8は2ヵ所ぬりつぶすから、1から10までだと6ヵ所ぬりつぶすことになるな。それでは11から100までは(ア)ヵ所ぬりつぶすことになるのか。じゃあ1から1000までだとどのくらいなんだろう。うわぁ~ (イ)ヵ所だ。」

いいね。太郎君。

明日の日本を作っていくのは君のような人だ。

・既存の枠に捉われないでゼロベースで考える

・与えられた課題をこなすのではなく自分で課題を発見する

・問題を解決するときに漏れなくダブりなく考える

なんだかビジネススクール/企業の人材育成っぽいぞ。

でもあんまり話を聞かないと先生に怒られるぞ。

2007年3月26日 (月)

シカクいアタマをマルくするお菓子

フルタ製菓から「シカクいアタマをマルくする。」というお菓子が出ていることを知りました。

中身は、ガム1枚に、木製立体パズル1個、それから

日能研問題2問が入っているそうで計6種類。

フルタ製菓製品購入記録というブログに体験記が載ってます。

ガムの味についてはよくわかりませんが

問題のほうはなかなかの歯ごたえだったみたいです。

2007年3月22日 (木)

みかんのイラスト

ラ・サール中学校の算数の入試問題 、なぜかこの第58回についてはイメージイラストとしてみかんが掲載されてされている。

葉っぱがついているみかんが3つ、ついていないみかんが2つ。

解答するために必須の情報が盛り込まれているわけでもなさそうだがひょっとして実は奥深いヒントがこの絵に隠されていたりして。そんなわけないか。

このイラストよく見てみると電車のつり革広告で見かける四角いアタマ・・・のイラストと同じ人が描いた絵のように思える。この2色刷り、葉っぱ部分のグラデーションの入れ方、線の細さ加減と平面的な構成、非常に単純だけれど独特。もし違ってたらすみません。

中学校や小学校のテストの問題ってそういえばこんなふうにときどきイメージイラストが入っていたような気がするのだがどんな基準で絵を入れてるのだろう?たぶん基準なんかなくて気分でいれているんじゃないかと思うのだけれど。「あーここはみかんをいれておこう」ってなんだか楽しい。

テスト中にこのみかんに落書きをしたりする生徒もいたりするのだろうか。いたとすればたぶんみかんの中に顔を書いたんじゃないかという気がする。

2007年3月19日 (月)

<回答>子供と一緒に旅行する?ドコに行く?

お題「子供と一緒に旅行する?ドコへ行く?」の回答、すみません、だらだら書きます。

先週グアムへ家族旅行した人が職場にいるのですが、息子さんの受験が終わって合格お祝い旅行だったそうです。そもそも息子さんの希望というよりは奥さんの希望だったらしいですが。受験するのは息子だけど母親の私もがんぱったんだからという。

奥さんの希望といえば、我が家で年末に京都に行ってきたのも、元はといえば家内が雑誌の特集で京都のカフェに魅了されてしまったのが発端でした。ところが、肝心のカフェにあと500メートルというところで詳しい道をたずねるために店に電話してみたら年末年始のためお休み。旅慣れてるかどうかいう以前の問題だなあこれ。

家内としては私と子供は京都御所の森にでもはなっておいてひとり寛ごうと考えていたのではないか思われるのですが、カフェが閉まっているという事実に直面した家内のやる気メーターの値はぐぐぐと下がってました。その後丸山公園から南下して坂を上り下りする典型的観光コースにて家庭内紛争が始まってしまったため、もういいやということになって清水寺に行き着く前に大阪の実家に帰ってきてしまいました。

家内はケンカして帰ってきたくせに、帰ってきてしばらくしたら「京都よかったねー、またいきたいねー」といいます。子供もまた行きたい行きたいと。子供に「何が楽しかったの?」と聞いてみると「ホテルの日本庭園が楽しかった」と。

泊まったホテルの庭が日本庭園で、鯉が泳ぐ池に石が渡してあってぐるりと庭を巡ることができるようになってました。子供たち二人はぐるぐると庭園の道をなんどもまわり、案の定息子は池ポチャしてました。

ホテルの近くにあった京都御所では、塀に沿って赤外線センサーがあって、子供たちは鳴らしたくて仕方ない様子でしたがこれは阻止。

哲学の道を川沿いに南下したのですが、この川には柵のようなものがほとんどなく、さすがに川には落ちると怖いと思ったのか子供たちは川から距離を置いて歩いてました。

こう書いてみると、年末の冬の京都、和風の落ち着いた風情を体験できたのか?というとあんまり風情といえるようなものを体験した気がしません。が・・・例外的に南禅寺の凛とした空気に触れたときは、そこはかとなく京都を体験してきたような気がしました。それから、イタリアンレストランに入ったときにも。こじんまりしたキュっと凝縮した店内のデザインが。イタリアンレストランで京都を感じるなんてちょっとヘンですが。

せっかくの京都で、ホテルのテレビで夜遅く夫婦で「おでんくん」のアニメを2話観てしまいました。有意義な旅行先での過ごし方的にはまるでダメな気がします。思えば新婚旅行でイタリアのリド島に泊まったときにも、ホテルのテレビで夜遅くビバリーヒルズ高校生白書を観てしまいました。ビバリーヒルズの学生達がイタリア語でしゃべってるよハハハなどと。せっかくの旅行、もっと有意義な過ごし方を心がけないと。

マジメに旅行の密度を高くしなくては教育的に問題だと考えるにつけ、もっと現地の生活中に入ってくような旅行がいいのかなと思います。現地の民家に泊まって、生活習慣や見えない作法を体感するような。

たとえば大阪の実家に泊まるとたこ焼きの作法を学べます。たこ焼きはやっぱり電気プレートではダメで専用のガスプレートを使うべしとか。たこ焼きをひっくり返すときは千枚通しを使うとか。鹿児島の実家に夏に泊まるとおジイちゃんが早朝からカブトムシの集まる木はココだと案内してくれて、その木を蹴るとバラバラとクワガタが落ちてくるとか。旅行先になんらか人的なコネクションがあると、観光ルートをなぞるだけではなくて、もう一歩踏み込んだ旅行ができます。手軽なところとしてはまず田舎の実家。

そんなわけで祖父母サービスも兼ねて子供と一緒の旅行はできるだけ実家ホームステイがいいかなと思ってます。

2007年3月15日 (木)

タコで合格祈願

タコが合格祈願に寄与していると知った。

蛸→オクトパス→置くとパス

蛸名産の熊本で合格祈願ストラップが売られているという。

 

そんなことを調べるために「合格祈願」で検索しているうち

息子さんの中学受験の合格祈願にお参りにいったというブログ記事を見つけてしまった。

受かりますようにといった内容で記事が終わっている。

 

受かったのだろうか?

ちょっとどきどきしながらその後の記事を洗う。

 

あ、

あった。

「 通知 来たる 」

 

よかった・・・。

 

で、その記事に何故中高一貫を選んだのかという理由が書かれていた。

学校紹介を見ると、公立とは違う独自の教育カリキュラムが組まれている・・・塾に行かなくても、しっかりとした高校も含めた6ヵ年計画で大学受験に対応するよう・・・高校受験に向けて、進学塾に通うための教育費を思えば・・・思うほどの差は無いのかも。

これ、我が家でも話題にのぼりました。ついこの間。

私立中高一貫で塾無し VS 公立で塾あり  →  費用的には大差なし

なるほど・・・

2007年3月14日 (水)

キットカットとレミオロメン

シンキングガールズさんの記事「 3月9日 」。レミオロメンって何?※と思っていたらきのうコンビニで見かけてわかりました。いまキットカットでコラボしてるバンドですね。

キットカットといえば、きっと勝つの合格祈願のもじりが有名ですが、「きっとCUT」されるとイメージしてはいけないようです。あくまでキット勝つ。

合格祈願キットカットは確かさくら味だったと思いますが、私も食べたことあります。さくら味ってなんだ?という興味本位で。ただ舌ではさくらかどうかあまりよく分からず、ただ、ほとんど頭で味わった感じ。

なにごともイメージが大事・・・

 

※レミオロメンって何?というイメージ↓

レミオロメンって何?

2007年3月12日 (月)

アンパンマン国際交流

編集部ページにトラックバックを頂いた保育士パパさんの「ミニ異文化交流」の記事。

保育園の僕のクラスにはハーフや外国籍の子が合わせて6人います

2歳~3歳児らしくアンパンマンシャツのプリントが話題らしい。彼らが成人したら「日本」というとアンパンマンを連想したりするのだろうか。僕はアルプスというとアルプスの少女ハイジとカルピスを連想してしまう。

 

オランダなど諸外国ではアンパンマンのアニメが放映されてるようだが諸外国の子供はアンパンなるものを理解するのだろうか?日本で育ったらアンパンはアンコの入ったパンだということはすぐにわかるが。諸外国ではどのように翻訳されているか?ひょっとしてアン=チョコ?まさかね。

 

いま気がついたのだがアンパンそのものが近代日本のありように似てる。外見は欧米から輸入した白いパン。しかし中身は日本由来のアンコ。日本と欧米の文化的狭間で悩んだ夏目漱石をよそに、アンパンは戦後日本の子供に食べまくられ、そしてアニメに描かれて世界へと輸出。アンパンマン、おおいに活躍してほしい。

 

しかし子供とよく行く近所のパン屋のことを思い返してみると、売っているアンパンマンパン中身はチョコである。アンを入れると権利的な問題に発展してしまうからだろうか?日本でアンパンマンの形をしたパンを買うと中身はチョコ。このややこしさ、高度資本主義現代日本的。

 

2007年3月 9日 (金)

正解の向こう側

子供の意欲に関する四角マル男さんの記事「 PK、OK? 」

子どもに正解だけを求めてしまうと、

間違える事をおそれて、

問題そのものにトライしなくなってしまいます。

ビジネスの世界でもよく聞く話です。

社員にノルマ達成だけを求めてしまうと、未達成を恐れて

できるだけ目標を低く設定するようになってしまう。

より意欲の高い組織風土を作るにはどうすればよいのか?

多くの経営者、マネージャーが腐心している課題です。

 

だいぶ前の話ですが会社のエライひとが会議で幹部に

「小手先で数字を語るな!」

と怒鳴りつけるのに出くわしたことがあります。

目標と実績で数字がブレる件について雷が落ちたときです。

 
数字よりその過程が大事

数字はそこに至る過程全てを表すもの

数字を達成するには数字の向こう側にあるものを大切にしろ

数字を達成できないということは

数字の向こう側にあるプロセスがいい加減なのだ

そんな話だったと思います。

 

成熟した会社になればなるほど数字の向こう側の

プロセスについて強く意識するようです。突き詰めると

人、企業は人、という方向へと発展するケースも多く、

卓越した企業の経営者の中には

学校や託児所を作りたいという方もいらっしゃいます。↓

ネッツトヨタ南国の横田社長のインタビュー記事

 
この会社でどんな経営がされているかを

紹介するビデオを見たことがあるのですが

社員の方がなんだかとってもシアワセそうで

皆さんまぶしくみえました。

 

先日ある報告会でもこのネッツトヨタ南国の

社員の方が発言されるのを見たのですが

跳び抜けた品性をいやおうなく感じさせてくれました。

 

これが品格というものなのか。

その方の向こう側にある何かが語ってきたようでした。

 

表れてくる向こう側にあるもの・・・・。

そういえば

 

小学生の野球チームのコーチをやってるという人と飲んだとき

俺は野球のスキルを教えているじゃなくて心を鍛えるんだ

といってたのを思い出しました。

 

日頃の練習では子供達は大体それなりの野球ができる。

野球のスキルはそれほど大差はない。

でも試合をすると強いチームと弱いチームがある。

それは本番のプレッシャーに負けないかにかかっている。

普段練習でできていることが試合でもできれば上出来なんだ。

でも試合になるとなかなか普段通りには動けない。

だから俺は試合では怒らない。

練習ではヘマをすると無茶無茶に怒る。

でも試合では怒らない。

いいんだいいんだと励ます。

 

このコーチが指導するチームがどれ程強いのか知りません。

でも強いチームの向こうには

こんなコーチがいるものなのかもしれないなと思いました。

緊張する子供の心の中に分け入って指導するようなひとが。

 
私も子供が怯えそうになったときに心に分け入って

勇気を育むことのできる親でありたい。

飲んでたそのときは面白い話だなと聞いていただけでしたが

こうしてブログに書いてみるとそう思います。

2007年3月 7日 (水)

翻訳算数

茗溪学園中学校の算数の問題、答えを見たらきれいですね。

ココとココをこう見るとこんなに単純になる。

なんだか外国語の翻訳を連想しました。

2007年3月 5日 (月)

<回答>子供の英語教育って必要?

子供に発音のダメだしされる

5年以上NYに駐在してた友人が子供に英語の発音をダメだしされるといってました。くまのプーさんにルーというキャラが出てくるのですが2人の娘にさんざんレクチャーされると。

「お父さん違うよルーだよ。」
「ルー?」
「違う違う、ルー!」
「ルウー?」
「ルー!」

フランス語のグォアのような?特殊な発音や英語の巻き舌っぽいルーなどは大人になってからより子供のときのほうが身に着けやすそうです。

 

英語がうまい日本人は日本語もうまい

でも発音の素材を身につけたからといって外国語が流暢に話せるかというとそれはまた別な話ではないかと思います。

絵を描くとか地図を見るとかいう能力と同じように、言葉に関する能力というのがあって、この言語能力が高ければ日本語でも英語でも上手なのではという気がします。

英語を伸ばすにはまず言語の基礎体力をつけるのが良いというなら英語教室に通うよりもたとえば家庭で日本語で気の利いた会話をするほうが効果的かもしれません。

私自身はあんまりレトリックは得意ではありませんが・・・。

 

幼児期の英語教育で日本語がおろそかになるのか

ただ、日本語が定着しない幼児期に英語を学ぶと日本語が疎かになるというハナシにはちょっと違和感があります。

ヨーロッパでは多言語に慣れ親しんで育つケースは珍しくないでしょう。何でも吸収してしまう子供時代には2言語ぐらいへっちゃらなのではないでしょうか。

大人になってからは、英語習得に振り分ける時間を日本語に振り分けたほうがより日本語が習熟するかもしれませんが。

 

教育というよりは面白くて観ている英語DVD

我が家では英語の習い事に通わせたりはしてませんが、アメリカの良い絵本を集めたDVDが子供に受けてます。Scholastic Video Collectionというもので昔から評判の良い絵本に音楽と動きをつけたものです。

英語がどうこうという以前に内容が面白く、親子ともども「ロージーのお散歩」とかfoolish frogなどマネをしたり歌ったりして楽しんでいます。

2007年3月 1日 (木)

自作漢字

自作パソコンならよく聞くのですが、自作漢字というのをはじめて知りました。

四角マル男さんの「どうしたら漢字を覚えるのかしら」の記事で紹介されている『自分だけの漢字を作ってみよう~家族で考えた「力作」たち~』です。

さっそくためしに自分でも作ってみました。

   米
  米米
 米梅米
米米米米

 

 

 

 

 

おにぎり(梅)です。

慣れないお父さんが握ったのでちょっと崩れてます。

 

2007年2月28日 (水)

温暖化で沈む島国

「他の国の二酸化炭素が原因で島がなくなる。怒りを感じるが、だからといってどうしよ うもないだろう」

ウシのゲップで温暖化の記事にトラックバックを頂いた総合情報ニュース徒然草の記事。

故郷を捨てなくてはならなくなるなんて。高度成長期にみた、ダムに沈む村のニュースみたいだ。

2007年2月27日 (火)

子供と釣りに行きたくなった映画

朝の湖面に波が音もなく模様を作ってゆく様は美しいものです。

そんな波のことを思い出したのがこの間DVDで観た「君に読む物語」。

夕日あるいは朝日の中の冒頭のシーンでボートが作る波をカメラが追いかけるシーンがあります。

 

中学生のころ甲府に住んでいて、自転車でよく釣りにいきました。3時ごろ起きて暗い夜道を自転車でえっちらおっちら登ります。

盆地の北端を上がる途中に竜神池。これは名前からして神妙なところでただただ美しかったのですが何か釣れたという記憶がありません。

それから盆地の北端の坂を上りきったところに千代田湖という湖。貸ボートもあり釣り大会もあったと思います。

釣りのおやつと称して朝からカップラーメンを食べてたら、カップラーメンの何かが私の胃にヒットしたらしく猛烈な腹痛が。それ以来カップラーメンが苦手です。

そんな粗雑なことをやってたのに、静かな水面に音もなく進む波はきれいな風景として記憶に残っています。

春になったら子供と釣りをしに湖にいってみようと思います。

2007年2月21日 (水)

珈琲の匂いを嗅ぐ

自分の子供の頃を振返ってもういちど小学生をやり直すとしたら失いたくない経験は何だろうか?という視点で考えてみましたの3回目。

○その3 「 喫茶店の木の格子窓に顔をつけて珈琲の匂いをかぐ 」

駅から家への坂道を登る途中にコーヒーの匂いを噴出す木の格子窓がありました。坂の途中なので喫茶店の排気口が、ちょうど小学生でも顔を近づけることができるぐらいの高さにあったのです。木の格子窓に顔をあてるとコーヒーの香りが漂ってきました。

「旅を通じて自分の既定の枠を広げる」というような経験に比べると、あまり役に立ちそうな気がしないし、自分としてもあまり思いだすことがありません。けれど些細なのに不思議に引っかかるもののひとつです。もういちど小学生に帰ったらあの木の格子に顔をあててみたいと思います。

このコーヒー格子窓を思い出すと他にも街の風景がするするするとひも付くように思い出しました。学校へ行く坂道を下るときに、途中にとまっていたフォルクスワーゲンの緑。冬はおでんやもやっている雑貨店のナカジマくんのうちはおでんの匂いがしてたこと。母と行った市場の入り口の金魚屋と、奥の漬物屋のガラスのフタなどなど。

明にコミュニケーションを交わしたわけではないけれど自分の中に無言で眠っているいろんな風景や街の匂いがあります。思い出すとその風景は止ってはいなくて匂いがしたり動いています。

先日子供と公園を歩いていると、おもむろに娘が抱っこをもとめてきました。抱き上げてやると、高いところに咲いていた梅の花を見たかったらしく近づけてやると鼻を寄せて梅のにおいをくんくんと嗅いでました。

こんなちょっとした経験は大きくなったら多くは忘れてしまうのでしょうが主人を静かに見守る大型犬のように子供の記憶の背景に静かに積もってゆくといいなと思います。

2007年2月20日 (火)

気迫のアイ・コンタクト

自分の子供の頃を振返ってもういちど小学生をやり直すとしたら失いたくない経験は何だろうか?という視点で考えたうちの2つめ。

○ その2 「 W先生のビンタ(あるいは燃える気迫) 」

ビンタで有名な先生でした。あ、ビンタされると思ったときにはもうビンタされてる。体罰どうこうというのはさておいて、大人の気迫を感じる瞬間でした。

とかくキアイの入った先生で、スーツはブランドもの、高級時計に外車。この先生の6年生のクラスからは麻布や開成など当時有名中に進学する生徒がとても多かったように思います。

先日メディアで写真をお見かけしたら、鼈甲のメガネが変わってませんでした。あの燃える気迫の目は今でも思い出すことができます。子供ながらにただヒステリックに起こっているのと、なにか真剣な芯の通ったところがある気迫というのは区別できたような気がします。子供もそんな真剣な先生との出会いが経験できればいいなと思います。

でもよく考えてみたら、もう一度小学生にもどってみすみすひっぱたかれるのはやっぱりイヤだなあ。

2007年2月19日 (月)

<回答>小学校時代、どんな経験をさせたい?

自分の子供の頃を振返って、もういちど小学生をやり直すとしたら失いたくない経験は何だろう?という視点で考えてみました。

そのうちのひとつ。

○「 T先生の理科の実験授業 」

T先生の理科のクラスは他の授業とはまったくやり方が違い、何かを教わるというよりは、実験して、確かめて、発見するというもの。先生がしゃべる時間はほんの少しです。

仮説を立て、生徒同士で意見を述べ合い、実験して調べ、その結果をノートに記します。 

そんなの当たり前というテーマのものでも実験してみたら違っているという経験が鮮烈でした。

声を荒げることが皆無の先生でしたが、議論をするとき以外は大抵生徒はシーンしてました。たまに授業中に私語が続くと先生は黙ってしまってそのうち教室全体がシーンとなります。そのT先生の額には深い傷あとがあった。

T先生は小学生のための科学の実験の本も書かれるほど活躍された先生でした。先生の外見はブラックジャックみたいで恐ろしげでしたが本は暖かでやさしい装丁なのでちょっとびっくりしました。小学生に戻ったらもういちど授業を受けてみたいです。

子供も、良い先生と出会い、議論と実験で自分の目からうろこが落ちるような経験があればいいなと思います。

2007年2月15日 (木)

ウシのゲップで温暖化

冬が暖かいのは過ごしやすくていいのですが、キリリと引き締まるような寒さがないのはつまらないだけでなくなんだか不気味。

温暖化といえば、ウシのゲップによる影響がなかなかバカにならないということを最近知りました。ニュージランドではヒツジのゲップ税が議会で審議されたとも。

ゲップを引き起こすメタンガスの発生を防ぐために酵母を配合した飼料の研究もされているそうです。

ラ・サール中学校の理科の問題で出てきた有蹄類の反芻、日常生活とはあまり関係なさそうと思っていたら、考えようによっては実はそうでもない。身近にある切実なテーマにつながってる。良い問題だなあ。単に深読みしすぎてるだけだったらごめんなさい。

2007年2月13日 (火)

私の頭の中のヤギ

ラ・サール中学校の理科の入試問題をやってからしばらく

私のアタマの中で

ウシやらヤギやらキリンやらが

もぐもぐやっているシーンが消えませんでした。

P1060499_3

この問題、「奇蹄類」とか「偶蹄類」とか

コムズかしそうな漢字が出てきましたが

ようするにモグモグやっている動物はどれか

ということを聞いているのかな

と理解して回答したら合ってました。

こんな解き方でよいのかどうかよくわかりませんが。

 

受験会場で複雑そうな言葉が出ても

ビビらずアセらず戸惑わず

またその後モグモグやっているヤギを

アタマの中で飼ったりしない受験生が

良い成績を残せたのでしょう。

 

それにしても学生のころ、テスト中の静かな教室で

音楽がアタマの中で鳴り止まない

ということがあったなあ

それらの音楽はどちらかというと

くだらないメロディが多かったなあ

などと思い出されることです。

 

でもぐるぐると鳴り止まなかったのは

どんなメロディだったかというと

もう今では思い出せません。

おかしなことだなあと思います。

 

 

2007年2月 8日 (木)

絵としての漢字

桐蔭学園中学校の国語の問題をやってみて思い出したのが、この間出席した幼稚園の保護者向けの講演会です。

「くるまでまつ」

と黒板に書いた講師の先生が、集まった父母にこの意味について質問したあとこう書き加えました。

1)「来るまで待つ」

2)「車で待つ」

漢字で書いたほうが意味がすぐ伝わるからカンタンということもあるという話しです。

 

この桐蔭の入試問題でも、カタカナをアタマの中で漢字に変換して照合するよりも

変換する前に意味的にイメージが重なるものを選択してみると結果的に合っていて簡単でした。

 

上記講演会で紹介されてたんですが、表意文字としての漢字を子供向けに紹介した本を読んで面白かったのが

「驚」

という漢字。

 

左上は座禅組んでいる人。

右上は座禅組む人を叩く棒を持った人。

下は馬。

P1060497_3

座禅組んでる人を棒持った人が叩いて馬のようにびっくりするという・・・。

こういうアプローチなら子供も漢字を覚えやすそうです。

2007年2月 5日 (月)

<回答>中学受験

「オラんとこの爺さん 良い爺さん」

これは私が始めて習ったorangeのスペルの覚え方です。

 

oran(おらんとこの)g(じいさん)e(いいじいさん)。

 

中学に上がる春休み、はじめて通った塾の講習で習いました。

トナリの駅まで電車でいって夕方に始まって終わりは夜だった気がします。

中学から私立に通うという友達が春期間だけの塾に行くというのでつられて行くことになったというものだったはずです。

 

私は特に勉強する必要もない公立になんのギモンのなく進むことにしていたので別に塾に通わなくてもよかったはずだったんですが。

 

当時、遊びが脳内占有率100%で宿題も家ではやらず学校行ってからやってた私は

「中学受験なんて大変だなあ・・・かわいそうに」

などと思っていたはずです。

私の小6当時はごくごく一部の友達が私立に行っていたように思います。

  

でも今の世の中ではこうはいかなくなっているみたいですね。AKOママさんが

息子の小学校では、今年度は3分の2の子が中学受験をしているようです。

と書かれてましたが、うちの息子が来年通うことになる小学校も同じようなものらしいです。

近所のうわさを大げさにいっているだけなのかもしれないのですが家内いわくほとんど全ての子が中学受験するとか。 

 

自分が小6だったころを思い出すにつけ小学校から中学校へはギャップが大きかったと思います。

新しく英語を勉強するとかクロの詰襟の制服になるとか中間試験や期末試験があるなど。

やり方が急に変わることに対して緊張していたはずです。

そのうえ受験ともなるとさちょっとした試練です。

ホンマノオトさんが

中学受験とは、≪12歳の子どもにとっての本格的な初めての人生の選択の自己決定の経験≫です。

と書かれてましたが、自己決定の経験としては120%にシビアな経験になると思います。子供時代の終わりのはじまりというか。

編集部の記事にトラックバック下さったきりかさんの記事を読むとこのプロセス自体から何かを学ぶことができればとても良い経験になりそうですが。

4月のつまづきのときに、りんは自分の選んだ学校でがんばりたいと話してくれました。
りんは自分の意思を貫くことで、母の間違いも救ってくれたし、自分の道も切り開くことが出来たのだということが、今よく分かります。

うちはどうなることやら。

公立の小中一貫教育がウチの近所でも始まらないかなあなどと少々逸脱するような発想をしてしまいます。

続きを読む "<回答>中学受験" »

2007年1月29日 (月)

みんながやってない

みんながやっていない習い事をすると重宝するという四角マル男さんの記事「みんながやってる?やってない」。

なるほど。

ってんで、「珍しい 習い事」で検索していいなと思った習い事。↓

・三味線

・ギリシャ語

・篠笛(しのぶえ)

 

篠笛?!

 

近所の公園で夜に練習したりするとよさそう。

調べてみると国内カルチャースクールで指導があるようですが

海外での活動が目立ちます。↓

シカゴ篠笛会

  

第一候補「篠笛」での家族会議の結果は後日ご報告します。

2007年1月26日 (金)

釣り名人小学生

家に帰ると台所に雑誌が拡げてありまして、

見ると、小学生ぐらいの女の子が巨大ヒラメを釣り上げている写真が載ってます。

女の子は自分の身長ほどもあるヒラメを持ち上げてにっこり。

 

この記事を掲載しているのは最近家内が気に入っているクウネルという雑誌の最新号。

この雑誌、一見地味な記事ばかりなんですがなんだか新しい形のおしゃれ雑誌のようでもあり書店でもよく目につきます。

 

小学生にして釣り名人。なんだか釣りキチ三平に出てきそうなんですが

「豊かな生活っていうのはこういうものかも」と家内はため息をついて言いました。

危険な目にあわないようにと家の中に子供を閉じ込めがちなところを少々自戒している様子です。

いつか家族で釣りに行こうと相談しました。

 

そういえば釣りにはまって朝3時起きも苦にならなかったころを思い出すにつけ

自然の中に身をおくことで何か学ぶことというのがあるような気がします。

それが何なのかというとやはり明示的に学んで身に付くようなものとは違う

ような気がするのですが、なんだろうかなあ。

2007年1月19日 (金)

<回答>放課後の過ごし方

四角マル男さんの記事「好きというチカラ」のコメントにハタっときました。

「その習い事、ほんとに子供は好きですか?」

5歳息子は知育あそび教室、4歳娘は絵画教室に週一で通ってます。

息子は家に帰ってからも教材で遊んでたり、娘は家で始終お絵かきやら工作やらをやっているのでたぶん嫌いではないのでしょう。

でも「これが好き」という何かが、子供達の間には育っているかどうかというと・・・まだまだです。

一方で、『むすめにはバレエをやらせたい。姿勢が良くなって体を使う感覚が身につくから』とか、親の都合や想いから考えはじめてしまってますね・・・。

親の勝手な想いで子供の放課後を埋め尽くしてしまう前に、ゆっくりと子供に問いかけてみようと思います。

2007年1月 9日 (火)

<回答>お年玉いくら?

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さてお年玉ですが、我が家の子供達はまだ2人とも幼稚園児なのでまだあげるには早いかなーと思い、0円です。

小学生になったらお年玉をあげようかなとおもっています。

四角マル男さんが新品のピカピカ硬貨の話をされてましたがいいですね。子供達がどんな反応をするのか是非試してみたいです。

そういえば、家内がオカネがない!とブツブツいっているのを聞いた娘(4歳)は最近、紙を丸くきって数字らしきものを書いたものを家内にプレゼントしてくれます。

そういう意味では家内はお年玉に500円ぐらい娘からもらっていたようです。

2006年12月25日 (月)

年末年始、子どもと一緒にどう過ごす?

家内が年末の婦人雑誌の京都特集にハマッてしまい

年末は京都で

ということになりました。

子供にはちょっと渋すぎるのかもしれませんが、今年の年末は

日本らしい雰囲気の中を散策してみようかと思っています。

  

日本の伝統的なものといえば、最近うちでは「かるた」と「凧」が

はやってます。あまりおオカネもかからず地味なおもちゃですが、

子供としては大変おもしろいらしい。

 

そこで、正月は、実家のじいちゃんばあちゃんも込みで、子供たちと

これら日本の伝統的なおもちゃで一緒に遊ぼうと思っています。

かるたの絵の裏には折り紙の折り方が載っていたりするので

折り紙もやるかもしれません。

 

そういえば思い出したのですが、ニフティのぽっどきゃすてぃんぐ落語

で80名ぐらいの視聴者の方にお集まりいただいての公開収録というのがあるんですが

若いカップルでそろってキモノという方が何組かありました。

伝統的な日本の服が自然に着こなされているのってなんだかいいものです。

 

というわけで、子供たちともどもキモノで過ごすというのもやって

みたいものだななどと考えてマス。

(ユニクロとかで安く売ってないかな)

2006年12月22日 (金)

とんち話

□いアタマを○くの問題。

第2回の高輪中学校のものをみてみました。

答えを見るとなんだーそうかあと思うのですが

この感覚はなんだか一休さんのとんち話を読んだときみたいです。

あるいは目からウロコというか。

探してたメガネはアタマの上に乗ってたよというか。

 

ホンマノオトさんが「トリガークエスチョン」という話の中で

見えるけれど見えてなかったものが見えるようになる

という絵について書かれてましたが、いい質問って

確かにそういうものかもしれないなあと思いました。

自分の中にあるけれど気が付かない枠に気付かせてくれて

その枠から自由してくれるような。

2006年12月21日 (木)

頭がよくなる玩具

プレジデントFamily2月号かってしまいました。

表紙の特集コピー

「頭がよくなる玩具50連発!」

を見てつい・・・。

 

□いアタマを○くするのDS(?)のゲームも

2006年のヒットの中で紹介されていました。

ウチの嫁さんはTVゲームアレルギーなので我が家にはDSはないのですが。

 

この特集記事は玩具といいつつゲームに寄った内容だったので少々期待はずれでしたが、面白かった記事は阪神の星野(元)監督のエッセイ。

父親としての自分といったテーマで書かれているんですが

笑いから入って、詩のような、とつとつとしゃべっているような語り口で、締めくくりが

 

「家内を尊敬しているので」

 

なんだかはっとさせらました。

2006年12月20日 (水)

自己紹介

こんにちは。ずっとこです。

本当は「ズコット」のはずだったんですが「ずっとこ」です。

ズコットというのは外国のお菓子の名前。

食べたことないけど洒落っ気を出して「ズコット」という名にしたつもりが間違えていつの間にか「ずっとこ」に。

なんだか「ずっこけ」みたいでヘンなんですがまあいいや・・・ずっこけないようにガンバリマス。∠( ̄∧ ̄)

さて、自己紹介ですが、朝に子供と近所の公園を散歩するのと、出勤前に家で紙芝居をするのが日課のサラリーマンです。

5歳息子と4歳娘と家内との4人の郊外マイホーム暮らし。

どちらかというと父親としては子育てにわりと積極的に参加するほうかなあと思います。

子育ての現場で起きる問題についての父側の事情やホンネなどをつらつらと書いてみたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。