子育てアパブロ トップ

2007年6月28日 (木)

see you をカタカナで書くと

 

いやあ・・・

 

ほんとに残念ですが

 

「マルいハートでアタマもマルく」は

6月末をもって一旦終了

 

(えっ)

 

ということでこの「子育てアパブロ」も

一旦終了ということになりました。

 

(えっ)

 

今まで6ヶ月間ありがとうございました。

 

(えっ)

 

↑これらの、えっというのは涙の音ですね。

 

 

ブログをつづる中で

さまざまなブログを見たり

メッセージを頂いたりするなかで

いろんな方の考えに触れ

今まで気がつかなかったことに気がつき

目が開かれる思いがしました。

 

こどもの育ちには実にいろいろな関わりをされて

いる方がいらっしゃるものですね。

 

あのブログのあの方はいまどうしているかな?

あのメッセージを下さった方はどうしているだろう?

なとど想いを馳せたりなどするのが楽しかったことです。

 

本当に長らく有難うございました。

 
 

最後に

あんまり関係ありませんが

先日夜の電車の中で見かけた小学生のスケッチを添付します。

Img_447539_2727991_0_2

もっと関係ありませんが

ニフティのアバウトミーというサービスを作った

担当akiraくんの似顔絵を添付します。

Img_447539_1746069_0_2

アバウトミーでも「ずっとこ」という名前で

登録しているのでもしおヒマでしたら一度検索して

みてください。

 

ではまたどこかでお会いしましょう。

シーユー。

 
see you ってカタカナで書くとしょうゆみたいですね。

2007年6月25日 (月)

教えない教育

不安なときは、どうしても教えることが先行してしまい、聞くという行為があることすら忘れてしまう。人間関係の中で一番自信のある行為は聞くということ、自信のある人はよく人に問いかける人ではないでしょうか。ですから、聞くためには、伝えたいものがしっかりとあること、必死に伝えたいことがあることがかなり大事な要素であると思います。そして、言葉というものは心にのっかって出てきますから安心のないところで、心からの声を聞くことはできないのです。(学びのアトリエ日記:インタビューで教育改革 より)

 

上記記事の中に「教えない教育ネットワーク」というのが出てくるけれど、これは「知識を教えない教育」と言い換えることができるのではないかと思う。

自分の考えを押し付けるために話をするのではなく相手の状況をよく理解したうえで、対象のケースにもっとも有効な解決策を対話をしながら創り出してゆくこと。

最近、企業内研修でも「傾聴」などといって対面での応答において「聞くこと」の重要性が強調されることが多い。書店のビジネスコーナーでは「コーチング」といったところがそれに該当しそうだ。

古くはアルキメデスかプラトンか誰かも対話を重要視していたような。対話によってお互いの知恵や知識を交換しながら、新しい知恵や知識をつくって行くのが対話主義。「自分の考えが必ずしも正しいとは限らない」という立場というか認識が前提となっていたはず。

最近ではいわゆるWeb2.0というキーワードの中でも企業と消費者との対話などといった構図で「対話」がクローズアップされている。ネットでももっと対話主義らしいコミュニティを創りだしたいものだ。主張の張り合いではなく聞き合いの対話ができるコミュニティ。

  
親という立場でも、子供と接するちょっとした会話の中でそんなふうに話をしたいものだと思う。

2007年6月22日 (金)

<回答>マルいハートやマルいアタマを育てるために大切なコト

私はちょっと頭のカタチが後頭部ゼッペキ系なので

自分の子供が赤ん坊のころはドーナツ枕をあてがって

格好のいいマルい頭になるように気をつけていました。

 

ドーナツ枕が効いたのかどうかは本当のところは

よくわかりませんが、おかげでちょっとはましな頭の

カタチに子供たちは育ってきているようです。

 

まだやわらかいころにどんな風しておくかで

カタチは決まってくるのかなと思います。

逆に大人になってから変えようとすると

削ったり・入れたり・・・

方法はなくはないですがかなりムズカシそう。

 

ハートや頭の中身についても、まだやわらかいうちに

ハートのドーナツ枕、頭の中身のドーナツ枕

を用意してやることがが親の務めであり

喜びでもあるなと思うことです。

2007年6月22日 (金)

手つなぎ棒

平成19年6月4日付で発表された総務省の

コミュニティ研究会 中間とりまとめ

を読んでいたら末尾の挿絵がなかなか個性的だったので

つい画面をキャプチャーしてしまった。

個人的に「手つなぎ棒」と命名。

Photo_1

資料本体 の第5の1に

「地域コミュニティの教育活動・子育て」

という項目があってこんなことが書かれていた。

大人だけで地域コミュニティづくりを進めようと考えても、うまくいかないケースがある。このような場合に、「子どもが集まれば親も集まる」という形で、子供をきっかけとして大人が集まり地域コミュニティ活動が生まれることもある。

(中略)

子供を地域コミュニティ活動のきっかけとしてとらえるだけではなく、子供自身が地域活動に参加する権利がある、という視点も必要である。(コミュニティ研究会 中間とりまとめ より)

 

そういえば近所の公園で定期的に練習をしている少年野球チームは実は大人の地域コミュニティの核になっているようなところがある。この間チームの親と子供がそろって公園のブドウ棚の下でバーベキューを楽しんでいたが、子供だけでなく親同士の交流で盛り上がっていたようだ。

 

しかし、子供自身が地域活動に参加する権利というと何のことを指しているのだろう?

 

夏に

「(近所の公園の)お祭りに行きたいよお~」

とねだられたら(ねだられる前からだが)

連れてって、屋台でわたあめを買ったりしてやるけれど

どうもそういったことではないんだろうなたぶん。

 

2007年6月21日 (木)

待つ我慢

やっと2つの条件にあった塾がみつかり、なぜか??娘は楽しく通っています。中学受験の大変さが分かっていないのか??

母はもう倒れそうです。その毎週ごとの成績の悪さに落ち込んでいます。でも、彼女はどこ吹く風。


大丈夫。今度がんばるからね~」とマイペース。


聞けば、どこでも母親と一緒に勉強しているようで、任せているのは我が家ぐらいのようです。


私も参戦したいのですが、ひとりで最後までやると言っているし、塾の先生にも相談したのですが、彼女の意志を尊重しましょうということで、母はひとり、待つ我慢を強いられています。しょぼん


この待つことがこんなに大変とは知りませんでした。(中学受験は大変|滝桜咲く ~のんびりママの中学受験日記~ より)

 

いいお母さんだまあ。

 

「何やってんのモウ!」

とずかずか参戦してしまうのを

抑えることができないケースは多いのではないか。

 

こういう見守り方ができるお母さんのいるおうちは

日がいっぱい当たっている植木鉢のような感じ

なのではないかななどど思う。

2007年6月21日 (木)

人んちの前であーそーぼーと叫ぶ

3年前の一斗缶で缶ぽっくりの記事を見て、いっしょにいろんな缶ぽっくりを作りませんかとメールがきたのだ。インターネットを通じて知らない人から「あーそーぼー」と声をかけられたのだ(そういえば最近そうやって人んちの前で叫んでる子どもいませんね)。(@nifty:デイリーポータルZ:缶ぽっくりに最適な缶はどれだ より)

 

そういえば小学生のころ人んちの前で

「○○くんあーそーぼ」とよく叫んでいたものたっだ。

 

相手がアパート4階に住んでたりすると

ベランダに向かって絶叫することになる。

すると

「○○はもう公園に遊びにいっちゃってるよー」

なんておばさんが出てきて叫び返されたりする。

 

確かに最近人んちの前であーそーぼーと叫ぶ

という子供を見かけたことが無い。

 

子供の数が少なくなったから?

 

あるいは

 

最近の小学生は携帯で

あーそーぼー

とメールしてからあそんでいるのか。

 

今度近所の小学生に聞いてみよう。 

 

 

 

2007年6月20日 (水)

うちの子にいい塾、悪い塾

プレジデントFamily2007年8月号の特集トップは

「うちの子にいい塾、悪い塾」

 

↑同雑誌WEBページに、「超縮小版」

というのが公開されていたので見てみると・・・

面白いほどに本文が読めない。

 

今月のピックアップというコーナーで

教育評論家の小宮山博仁さんの文の冒頭が

紹介されていたので目を通してみると

至極まっとうなことが書かれているようす。

 

 

編集後記がちょっと面白かった↓。

▼「東大生の塾の費用」の記事の取材で、5月の大型連休前後に東大生13人に会いました。そのうち8人は入学して1カ月たらずの新入生。彼らの“完成したての合格体験話”についつい引き込まれてしまいました。
 その中の一人がひととおり高校時代を振り返った後に、「受験のことばかり考えていたわけではなくて、恋愛や友人との関係が一番たいせつだった」と照れながら言ったのが心に残りました。この言葉だけで彼がいい高校生活を過ごしたことがわかった気がします。

 弊誌ではこれまでにもいくつか東大生にスポットをあてた記事がありますが、次回は「東大生の恋愛」というテーマも面白いかもと思いました。(編集後記|2007年8月号|プレジデントファミリー より)

 

「東大生の恋愛」。

受験生活を勉強一色ですり減らし

ろくに交友も恋愛もしなかったひとたちが

嫉妬買いしそう。

2007年6月19日 (火)

ニューヨークに塾はあるか

ニューヨークには日本人向けの日本法人の

塾ならちらほらとあるようだけれど

現地人向けの塾というのは無い様子。

 

この間学生時代の友人と久しぶりに飲んだときに

NY帰りが3人ほどいたので聴いてみたらどうやら

そんなことらしかった。

 

「日本に帰ってきてみて驚いたのが

小学校2年生でカタカナ勉強しているんだよ。

向こうでは娘は、昆虫の体の仕組みとかの

レポートの宿題を毎日泣きながらやってたんだけど」

 

お父さんの帰りが向こうでは早かったそうで

結構手伝ってあげてたらしい。

 

充実した学校の勉強や宿題を

会社から帰ってきたお父さんが

見てあげたりしている。

これいいなあ。 

これがニューヨークで一般的かどうか

というのはおいておくとして。

 

とはいっても、

日本での財閥にあたる上流階級は

塾ではないが家庭教師がついてるという。

 

そこでは日本とは比べものにならないほど

大量資本が投下された激しい学歴競争があるらしい。

2007年6月18日 (月)

パムとケロのおうち

皆、勝手口から~開いているドアから~
家の中に入ってくるのだ。

蚊じゃあるまいし・・・。

ある日は私がトイレに入っていたら、隣のおばぁさんが風通しのため開けておいたドアから進入。

「だれか、いないのかぃ?」

「ここだよ!」(トイレの中から答える)

「あ~、野菜おいとくねぇ~♪」

自宅のトイレなのに、安心して入れない

中学受験 ゼロからの出発 やる気を削ぐ理由 より)

 

パムとケロのおうちみたいなおうちらしいが

人もオープンな感じでうらやましい。

 

地震など緊急時にはこうした普段のご近所とのつきあいが生きてくる。

大事なところだ。

 

上記ブログでは

子供が勉強中に割り込みを受けてしまい困る

と書かれていたけれど

かえって集中力が養われて良いのではないだろうか。

 

子供は子供部屋ではなくリビングやキッチンのテーブルで

勉強させたほうがよいという考え方をするひともいる。

家内のいとこが設計士でそんな考えのひとだった。

彼に我が家の設計を頼んだ結果、ウチの子供は

 

ダイニングテーブルで宿題をやる

 

というデザインになっている。

  

子供部屋にできるだけ居座らせないようにするため

できるだけ狭く間取りをとったら寝台車や物置のようになり

それじゃあんまりだと家内の父がなぜかモノ申して

ほんのすこしだけ子供部屋が広くなった。

 

でも本気でダイニングで勉強させようとしたら

将来はそうとうでかいテーブルを買わないとなあ。

2007年6月17日 (日)

中学受験を選んだ理由

「みんなと一緒に○中(近所の公立中学)に行きたいな~」

うっ・・・・・・。

覚悟していたとはいえ、かなりの衝撃。

いえ、地域の公立中学に特別不満があるわけじゃないんですが(現に我が家の第2志望校は公立中学)副教科の苦手な息子に高校受験は不利じゃないかと。

中学受験と高校受験の違いや森のなか中と○中の違いを話して最終的には、

「やっぱり森のなか中学校に行きたい」

となったのですが、息子が中学受験を選んだ大きな理由はおそらく塾をやめたくないからだと思われます・・・。

そんなに塾って楽しいのかな。(めざせ、森のなか中学校!: 公立中学に行きたいの!? より)

 

「塾をやめたくないから」中学受験する。

なんだか逆立ちしているみたいだけれど

そんな理由もあるのかあ。

  

先生が好きとか

塾の友達が好きとか

いろいろあるかもしれないけれど

「自分が成長するのが楽しい」

ということを実感させてくれるから

とか、そんなところじゃないだろうか。

 

自分を振り返ると塾帰りに駅で自動販売機の

ジュースを飲むのも塾通いの一番の楽しみの

ひとつだったけれど。